東日本大震災から今日で丸2年。
あの地震がきっかけで多くの方が犠牲になったこと、多くの尊い命がなくなってしまった事忘れることはできません。
心より亡くなった方、また深い痛手を追った方に哀悼の意とどうか新しい風と光がきますように、祈ってます。

私は九州で育ち、ずっと九州に根を下ろし生活しています。
地震といえば、2005年の西方沖地震を経験しました。
あの時のいきなりの揺れは今でも覚えています。でも、あの地震の規模のマグニチュードが頻繁に余震として起きる現在を思うと、心配でなりません。
地震が起きず、原発問題が解決し、故郷に人々がもどってこれる未来が早く訪れますように。
地震に関しては恵まれている九州にいるからこそ、私に出来る事を切実感を持ってやっていきたいと思いました。

二年前の今日、お店は大変忙しく、来店されたお客様と大河ドラマ、江の話を一生懸命話していた時に、ディーラーさんから地震の事を知りました。

テレビつけてください!大変な事が起こってるから!

その言葉で、すぐにテレビをつけると、まるでミニカーのように津波の影響で海へ流される車たち。
燃え盛る石油タンク。映画のワンシーンのような映像が次々と流れ、お店では、満員のお客様が言葉を無くしてじっとテレビをくいいるようにして見てました。 ショックでした。
うちは美容室。地震発生が午後2時46分。 きっと、たくさんの方が美容室で、パーマやカラーをされていたに違いありません。そういう、自分にみじかな出来事から思いを馳せるといたたまれなくなってきます。
実際に倒壊、流された美容室は組合に入ってある方だけでも700件を超えてあったそうです。

2011年は大河ドラマの年!
その前の年から、樹里さんが主役を務める事がわかってから楽しみで指折り数えていた年でもありました。
そして、震災の年と大河ドラマ江は私の中でひとつの結びつきとして、多分、一生忘れられないものになっています。 そして、東日本大震災に対しての樹里さんのメッセージを読むたびに、自分が出来る事は何があるのか?と考える時をもらっているのです。


改めて、
東日本大震災に対しての樹里さんからのメッセージ。


みんなの前では
前向きにみせているけど

悲しみを出せる場所がないから涙を流すことができないだけ
分かち合う大切な人を探しているから前へ走り出す事ができないでいる

心の叫び声は届いているだろうか
沢山のことが未だにさまよい続けている

今は生き抜くことで精一杯だけれど…

早く辛さを自分の外へいっぱい出せる日が来ますように
また自分の弱さを見せられますように
そんな人にお互いが出会えますように

まずそれを応援したい
私には芝居しか出来ないけれど

少しでも楽になりますように
自分自身を休ませてあげられますように
そんなひとときを届けられますように

いつか沢山の悲しみを誰かの力で流せたなら
それ以上は一人で
悲しみを深く掘り下げる必要はない
きっと、どこにいても
絶望を描いてはならない

もう十分に苦しんだのだから

これからはその自分たちを
労ろう、もっと労わってあげよう

生きて

生き抜いて未来に希望をいっぱい求めていこう
みんなで一緒に

あの時の恐怖感は消えないかもしれない
と、思う恐怖心が消えてくれないかもしれない

また同じような事が未来に起こらないだろうか

立ち止まってしまうかもしれない

過去にもいろいろな災害や歴史があった

でも
過去に生きた人たちが乗り越えてくれたから今があるのだろう
私たちが乗り越えられたら未来の人たちが生きて行けるのだろう

それを繰り返すというのが答えなのかな

こんな話を聞いた事を思い出した

『サクラは散ってしまう
でもまた蕾を付け花を咲かす
今見ている花は過去と同じ花ではない
だからいつも異なる感動がある
散ってしまった花は二度と咲くことはできないけれど
でもまた新しい蕾を付け花を咲かす…』

繰り返しではない
だから慣れることもない
失敗もあれば成功もある
落ち込むこともあれば喜ぶこともある

今年の桜は早咲きかな遅咲きかな
満開の桜が長く見られるかな
みんなもきっと心待ちにしている

今はまた豊かな街を新たに取り戻す日を心待ちにしている


上野樹里


震災後の樹里さんのわたしに、できることの実践の記録が放送されました。
2012年1月5日、NEWS ZEROの震災後の支援コーナー。
LOVE FOR NIPPON
わたしに、できること。

女優 上野樹里 被災地へ「絵本」を届けた理由。
2012年12月24日 宮城県南三陸町。

photo:01



たくさんのお供え物の品をみて、たくさんの思いにふれている、樹里さん。自分ではどうすることも出来ない自然の猛威にただ、呆然と立ちつくすしかない私たち。

樹里さんは被災地に赴き、子供たちに絵本の読み聞かせのボランティアを行った。時はクリスマス!
そのうちの一冊は「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
とても、柔らかい声で、でもしっかりのメッセージが届く話し方で子供たちにお話されてあった。
photo:02



この時のだいじょうぶ、だいじょうぶの声は忘れたくない声です。
それだけ、胸に響いてきた。
心を込めて言葉を大切に伝えようと発してる姿勢に心をうたれました。

樹里さんはニュースで、子どもたちへ(あしたの本)プロジェクト 被災地で誰でも本が借りられる移動図書館などを運営 を知り、自ら参加された。


読み聞かせは全部で三カ所。250人の子どもたちに笑顔を届けた樹里さん。
photo:03



被災地支援のきっかけは、チームアミューズ!
このプロジェクトの運営資金や本の購入資金を大河ドラマのイベント終了後に自ら募金箱に立ち集めた。
集まった募金額約177万円。
大河ドラマのイベントは毎年ご当地で行われるけれど、チャリティと組み合わされたもの、また、主演の積極的な参加によるものは他に聞いた事がありません。このイベントの模様はTwitterやブログなどで直に参加された方からお話を聞くと、人としての樹里さんの一貫した姿勢、また想いが伝わってきて感動しました。

この移動図書館のテーマソングがかなり素敵!♪あしたの本♪
いつ、発売されますか?
と、アミューズに聞きたいくらいです。 樹里さんの作詞、作曲のこの作品は、えがおのはな同様に一度聴いたら忘れられない、とてもポップでメジャーな曲調! 音楽的にも才能がありますね。 この時のレコーディングの様子も、樹里さんの変わりない信念が写しだされています。 あくまでも、子ども達が全面に出るような感じにと。


樹里さんはインタビューでこう語ってあります。

絵本を見て癒されたり夢を抱いたりとか、子どもたちが元気になれば、きっと大人たちも救われるとおもいます。
(本は)夢や希望を持つことができるんじゃないかなって。
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なぜ、樹里さんは子どもたちを元気にしたいのか?

それは、幼少期のある経験がきっかけだった…。
樹里さんが小学校2年生の時に起こった、阪神淡路大震災。
兵庫県出身の樹里さんは今だに真新しい記憶のように残っていると語っています。

目に涙をためてその時の事を思い出し話す樹里さん。地震の最中にお父さんが二階から降りてきてお母さんの上にある食器棚を必死になっておさえていたという。もし、お父さんがいなかったらどうなっていたんだろう…と。
数十分移動したところの風景なのに全く信じられない風景になってしまったショックさ。
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たいしたことはできてないかもしれないですけど、(子どもたちのために)今動かないと後悔するなと自分自身思ったので。

そう語る樹里さんに心からファンになって良かったとも思えたし、私も何か出来る事をしたいと思えるようになりました。樹里さんのことですから、
お休みの間もボランティアをしてたんじゃないかと思ってます。

今日は東日本大震災から2年。
生きている私たちが、残された私たちが出来る復興への道を考える一日にしたいと思っています。


















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