玉津橋を渡ると、暗越奈良街道は南へ折れて、大今里西に入ります。
道なりに200m程進むと、前方に五差路(五叉路)の分岐点が現れます。
この地に、常善寺道標が建立されています。
街道に面する南側に、「南無妙法蓮華経 法界」と刻まれ、
西側には、「是より左りへ三町 常善寺」との案内文が記されています。
常善寺(じょうぜんじ)は寛延元年(1748年)に創建された本門法華宗の寺院です。
暗越奈良街道から少し逸れますが、常善寺を訪れました。
ここにも、「南無妙法蓮華経」の文字が彫られいます。
江戸時代、この常善寺において、芝居興行の打ち合わせが行われていたそうです。
奉行所与力、座元(興行責任者)、役者らが、常善寺に参集し、次回興行に関する協議を行ったと伝えられています。
暗越奈良街道が、遊興渡世様々に、雅俗貴賤の差別なく、四時往来の絶えない街道であったことを窺わせる史実です。
さて、常善寺道標に戻り、その東側を見ると、
「若取若捨経耳成縁或順或違終因斯脱」と記されています。
この一文は、日蓮「一念三千法門」正嘉2年(1258年)から引用したものと思われます。
同書には、次にような記述があります。
妙楽大師云く「若は取若は捨耳を経て縁と成る、或いは順或いは違終いに斯れに因つて脱す」と云云、日蓮云く若取若捨経耳成縁或順或違の文肝に銘ずる詞なり
妙楽大師とは、唐代中期の僧、妙楽大師湛然(たんねん)(711-782)のことです。湛然は天台宗門の再興(中興)に尽力し、天台第6祖とされます。
「取」とは「信」、「捨」とは「不信」と解され、いずれにせよ、耳で法華経を聴くことで、これが種となり結縁する。
「順」は「順縁」、「違」は「逆縁」と解され、法華経の教えを素直に信じても、逆に、これを信ずることなく破法・謗法を重ねたとしても、耳で法華経を聴くことで、これが種となり結縁し、最終的に、全ての束縛から離れることできる。
親鸞「歎異抄」(第三章)の「善人尚もて往生をとぐいわんや悪人をや」に通底するものを感じました。









