金剛禅門徒の少林寺拳法修行記 -17ページ目

金剛禅門徒の少林寺拳法修行記

金剛禅門徒としての自覚を促すべく旧タイトル「練習日記(仮)」からタイトルを変更しました。

内容は変わりません。

よろしくお願いします。

先日部活の飲み会がありました。


後輩が無事卒部をすることになったのでその慰労の飲み会というわけです。


この飲み会は部活のオフィシャルな飲み会なので、後日特に目をかけていた後輩数人を別個で飲みに連れて行こうと思いました。


で、そのうちの1人の後輩に


『どこに行きたい?』と軽く希望を取ったら、調子こいた後輩が


『先斗町に行きたいです!』と。



注:先斗町とは、京都の誇る高級飲み屋街で一回飲みに行くと一人当たり5千円はかかる。

というかネットで調べたら胡麻豆腐で1000円とかいうありえない世界。



しかもその「特に目をかけてた後輩」の間で扱いに差をつけたくないので3人とも連れて行かなくちゃならない。

余裕を持って4万円というところか。1人一万円はかからんやろ。あいつらもバカみたく飲み食いはしないはず!

いや、しかし・・・一抹の不安が・・・・。



とにかく有り金はたいて行ってきます・・・・・(泣)




あー、殺したい。。。。

京都での学生生活も残りわずか。


思えば京都らしい事ってあまりしてない。


寺院散策とかもっとしておくべきだったかも。


今はもうそんな時間もないからせめて


京都らしいもの・京都の名産チックなもの


を身につけたい。それもそれなりの代物を。



ということであぶらとり紙買いました。


『よーじ屋』のです。


1冊20枚入ってて、10冊で3千300円!!


コンビニで売ってるのと比べてこのお値段!!


でもやっぱり物はいいですね。ハイソになった気分です(笑)



まぁ問題はとってもとっても出てくるこの油でしょうか・・・

今読んでます。ハリーポッター。


賢者の石、秘密の部屋と読み終えて今は「アズカバンの囚人」を読んでます。


実は25になるまでハリーポッターに触れる機会がなく、本も読んだこともなければ映画を見ることもなく、今日まで生きてきました。


というか小説や物語ってあまり読む気しないんですよねぇ。




読んで一体何の知識が手に入るの?


と思ってしまうわけです。


かの有名なカントも小説はきらいだったらしいです。


あんなもん丸暗記して一体どうするんだ!!


という恐ろしい言葉を残してます。

すごいですねー、読んだ本全部丸暗記してた人じゃないと言えないですねー。

ハイハイワロスワロスっと(笑)



で、ハリーポッターですよ。

実際読んでみると面白い!


何で自分がマグルなのかと両親を責め立てたくなってしまいます。


世界各国で1億部を超える人気を誇っている物語のすばらしさを思い知らされました。

「キャラが立つ」とでも言うんですかね。

漫画でも小説でもおもしろいものには共通点があります。


脇役にも主義や思想があり、その背景がある。そしてそれが無機質なものでなくほんとに人間的。


何歳の人が読んでもそれぞれの感動を味わえる名作ですね。


速読に興味があります。


というのも本を多く読みたい。


読むのが早い人は僕の3倍ぐらいの速さで本を読みます。正直恨めしい(笑)



僕はおそらく「平凡」といえるレベルだと思います。普通に全文読んで、頭の中で黙読。

あるサイトで読書スピードを調べたら平均値に収まりました。


世の中には「斜め読み」を提唱する人が多いですよね(たぶん)。

ちょっと今日それを試してみました。








すごく速い!




・・・・でも、読んでる気がしない!!




なんかね、キーワードだけ拾ってあとは推測って感覚なんです。


今までの方法を『本が自分に語りかけてくる方法』だとすると、

斜め読みは『友達のひそひそ話(聞きづらければ何でもいい、雑踏の中での盗み聞きでも)をつなぎ合わせる方法』みたいな感じ(わかりづらいな、汗)



なんかね、ほんとに読んでて無味乾燥・かつ情報の正しさに自信が持てない(自分で推理する部分が多すぎる)。


おそらく『斜め読み』の意味するところが本とは違うんだろうな・・・


とりあえず僕なりに速読を考えて行こうと思いました。


速いのは前提。その上でちゃんと意味を理解できる読み方をこの一年で習得したい!!





・・・けっこうしんどいよな。

僕は武道をたしなんでます。

結構名前の売れてる武道なんですけど、

それがどういう意味で名が売れてるのか?

と考えるとちょっと切ない思いが胸を去来するような、そんな武道です。


印象としては「弱い、へたれ」みたいなのが多いんでしょうか。

夏だと言うのに胸の中は冷たい風が吹きすさんでおります。


何が悲しいか?


否定できないから悲しいんだ。


もちろん組織を槍玉に挙げて、

「空手よりキックボクシングのほうが強い」

などと言うことに意味は無いことは重々承知していますし、

『どうせ言うなら統計学的に平均求めたり分散求めたりしたうえで話しろや!』

とか思ったりもします。


でもね、やっぱり僕のやってる武道は、そのメンバーの強さ(「強さ」もあまりに抽象的ですが)の

分布を取ってみるとだいぶ悲しいことになるかと思います。

これはもう事実、受け入れるしかない。


しかしそれでも心のよりどころはある。

「強い人は強い!」

なんども瞬殺でボコされたことがあります。

そして「人は人、自分は自分」。僕は強くなります。がんばります!


まぁ弱いながらも和気藹々としている練習風景が嫌いなわけではないんです。

居心地はいい。でも道場として、修行の場として、どうなのか?とは思います。

とりあえず自分のスタンスとしては

『和気藹々なままで強く』ということが理想的。

練習方法を工夫して和気藹々なままでみんなが強く?それはいくらなんでも欲張りな気がする。

『みんなは和気藹々として楽しく。自分は強くなって武道の名を守る』

これが出来たら最高ですね。


   ・・・でも同じ武道の人からは白い目で見られるんですけど(笑)




でも黒帯講習会みたいなところで腹筋10回出来ない人とか見ると・・・さすがに泣ける!


あ、そうそう題名のこと忘れてました。


いつからこうなってしまったのでしょう?

組織が出来上がったころはそれこそ殺伐としてて猛者がごろごろしていたと聞きました。

組織が大きくなるにつれてやっぱり大衆化するというか、監督の目も行き届かないという理由からか

弱体化の一途をたどっているように思えます。


和気藹々とみんなが仲良く、が目的だったのか、

それとも強健な肉体・意志を持った人間を作るのが目的だったのか。


なんかどちらも目指していたように思います。

ただ、今の現状はあまりにも前者に傾倒しすぎていて後者は省みられていない。


ここからは一般論ですが、

異なる目的を一つの組織が掲げた場合、組織が大きくなるにつれてリスクを伴う目的はないがしろにされ、

達成しやすい目的にのみ終始して、

目的に適っている

という錦の御旗を振りかざしてしまうものなのでしょうか?


抽象的ですが、なんとなく漠然と思ったことです。

意外といろんな組織がこれに当てはまってる気がしなくもない。

※ここでいう先生とは先輩や友人など、一般に自分に何か教えてくださる人のことです。



教えてもらって考える


師弟関係の中で重要なことだと思います。


教えてもらうだけで自分で考えないのは当然ダメ。

自分で考えるだけで師の言う事をないがしろにするのもダメ。


このバランスが難しい。


僕は物事の始めはきちんと先生のいう事を聞きます。

聞くというより喰らい付くぐらいだといってもいいと自負してます。

質問攻めにもさせてもらいますし。


そして『1を聞いて10を知れ』を目指します。


目指すって、つまりは考えまくります。


大概それで大まかなものが見えてきて自分の判断基準が出来上がります。


問題はここからです。


どうも僕は独自路線に進みがちです。

先生から巣立つといえばそうですが、先生の言う事に疑いすら抱いてしまいます。

(だって僕の中では理論がそれなりに出来てしまっている物もあるから)


偉そうに言いましたが、当然、僕の勘違いで終わる事のほうが多いです。

でもたまに「明らかに違う!」って思ってしまうこともあります。


そのとき思うのは「先生(先輩)はそのさらに先生のいう事を鵜呑みにしてきた。吟味はあまい。

だから理論の裏付けのない事柄はいかがなものか。」

とまぁ一般論なのであまり上手くは書けないけど大概いつもこんな感じです。


でも先生のいう事をまずは無批判に受け入れる、これの大切さも重々承知はしているつもりです。

承知はしてるけど腑に落ちないところがある。あれ?結局承知して無いのか?


考えすぎなのでしょうかね?


でも自分で考えることをやめたら人間終わりな気もします。


でも色々な事柄を教えてくださる先生を疑ってかかったり、

「そもそも先生はいらん!」なんていう事はあまりにも無礼。

なんなんでしょうか。


結局僕は根無し草です。

大したことではないんですけど、題名どおり奨学金をもらえることになりました。

しかもなんか第一種とか言う話で、もう気分は舞い上がってます。


それにしてもあれって4月から申し込んでも4,5月と音沙汰が無くて6月にまとめて振り込まれるんですね。


通帳見たら25万とか入っててびっくりしました。




ま、言葉を変えれば借金なんですけどね(笑)



最近忙しくて本も読めてません。ですからブログの更新も滞ってます。


かといって勉強できてるのか?と自問自答するとなかなか首を傾げざるを得ない。


そんなところに奨学金。



そうです。当然自己嫌悪です。




俺、あんまり学んで無いじゃん。

世の中には学びたくても学べない人間もたくさんいるのに、こんなだらけた人間が奨学金もらってのうのうと暮らしてるよ。

はは、ダメ人間じゃん。


みたいなところです。


奨学生証にこう書いてありました。



『奨学生としての自覚を持って勉学に励んで下さい』



友達同士なら「励んでください!」とビックリマークでも使うのかな?とも思いますけど、「励んでください」と句読点もない物言いが逆にとても重々しく感じられるから不思議です。


気持ちも新たにがんばりたいと思います。

ちゃんと投資価値のある人間になりたいと思います。

英文もなんのその。かかってこんかい。

大学の部活を引退して早2年。


たまに道場に顔を出して後輩と戯れたりもします。


今日も本当に久しぶりだったんですが道場のほうに寄らしてもらいました。


いや、ほんとに若さを分けてもらった気がします。就職活動終わったばっかりなんですぐ意識が就職活動に向いちゃうんですけど、あの環境で生活してきた人間なら企業も欲しがるのも無理はないな、って思えました。


まず返事がちがう。行動の機敏さが違う。笑顔が違う。言い過ぎか。


あの場は僕にとって財産キラキラですね、まちがいなく。


で、指導ももちろんするんですが、2年もブランクがあるともう体が動かなくなってくる。情けない。


でも今まで培ってきた『技』は違う。技術といいましょうか。


はやり「昔取った杵柄」というものは大切なものなんだな、学生でいられる残りの一年間もっとがんばることに損はないな、ということを痛感してきました。


でも練習の後はもう足腰がくたくたで・・・今日はがんばりづらいです(泣)


あと・・・できることなら後輩には、とくに幹部の後輩には技術で僕を超えていて欲しかった、という気持ちがあるのでその点は残念でした。本当に。


なんかうぬぼれ発現ですけどね。