あのコが、ついに我が家にやって来ました!
いやあ、ついにこの日がきましたかっ。
今までずいぶん《浮気》もしました。
キミに一途になれなくってゴメンね(笑)
というワケで、部屋に入れるなり、そのスベスベのお肌をなでなで。
魅惑的な曲線美にホレボレ。
サスガに抱いて寝る・・ってワケにゃあいかないけれど。
うん?
ひわいな想像しちゃあダメですヨ。
これはあくまで《ヴァタフライ・スツール》のお話。
そうっ!
あの柳宗理氏の名作椅子のひとつであり代表作であります。
一目惚れしたのはもー数年前。
だけど、高さ400mmのスツールじゃあ、ドコで使うの?
と購入はためらっておりました。
とソコへ最近になって通っている某デザイン系のインテリアショップでナントカ記念のセールとかで20%OFFになっているじゃあないですか!
これはそれこそナントカのオボシメシとばかりに早速オーダー。
(このヘン、貧乏性なのでオハズカシイ)
このスツール。
MOMA(NY近代美術館)やルーヴル美術館にも収蔵されているというデザインの秀作。
椅子といえば、日本を代表するコレクターでもあった建築家・宮脇檀氏のご令嬢宮脇彩氏のエッセイにも、「子供のころいつも荷物置きに使っていた椅子が、留学したNYのMOMAに展示されていてビックリ」と書いておられました。
例えばモネの《睡蓮》やルノワールの《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》やミケランジェロの《ダヴィデ像》やロダンの《接吻》を手にすることはできません。
美術館で、はあすごい・・・とタメ息ついて、これまた出口あたりで売っているリトグラフもどきのポスターなんかを買って帰るのが精一杯。
家にひとつは良いモノを置く。
これはとっても大事なことです。
その良いモノが、何か自分を刺激させる原動力となる。
音楽でも、ファッションでも、ファニチャーでも、インテリアでも、ひとつ自分で《誇れる》モノを。
その積み重ねが本物を観る感性を育てます。
建築設計なんて仕事していると、やはりフェイクに囲まれてしまう。
建材というのはだいぶ前からみんなニセモノでして、和紙っぽいクロス(壁紙)や珪藻土みたいな化学塗料とか木目ばっちしといったビニル系の床やニセマーヴル(大理石)のFRP樹脂なんてのはアタリマエ。
それは大量生産品、コスト的に仕方ないんだけど。
(もちろんフェイクったってイイモノはたくさんありますヨ)
一方で、本物はこ~なのよ・・・ってな感覚は持っておきたい。
また、仕事柄美しいモノが必ず視野に入るようにすることも重要です。
骨董屋の見習いは美しいモノしか見ちゃあダメよ、といわれるように。
建築だって美をクリエイトするカテゴリ。
常に美しいヴァタフライ・スツールが目の前にあれば、お仕事だってエンヤコラと進みます。
とまあ、言い訳しまして、ドコへ置こうか。
思案中。
なにせ狭い部屋ですから、まずは片付けなくっちゃあね。
せっかくだからアレとコレをアッチへしまって、コレはこの際処分しながら、そうすると今までの○×をどーするか・・・といった副産物もあるようです。
