こんにちは!

こやながわです。

読みに来てくださりありがとうございます!

 

最近、「誰かにちゃんと見てもらえてるかな?」ってふと考えることがあります。

忙しい毎日を送っていると、自分の気持ちを立ち止まって見つめることって少ないけれど

どこかで「この気持ち、誰かに届いてたらいいな」と思ってしまう瞬間があるんですよね。

 

そんなことを思っていた矢先に観たのが、昨夜放送の『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』第3話。

皆さん、ご覧になりましたか?

 

 

 

 

SNSでは「詩穂が中谷に“対価をもらうべき”と忠告されるシーンに共感した」という声が多く見られました。

たしかに、無償の助け合いの裏側にある“価値”や“負担”の存在って、見落とされがち。

でも、私が特に心を動かされたのは、詩穂のこんなセリフでした。

 

 

昔、母から聞いたんです。海の上に降る雨の話……

この話、すごく深くて、切ない。

海の上に降る雨は、船が通らなければ誰にも見られない。

つまり、それは“なかったこと”になってしまうかもしれない。

 

詩穂は、礼子を見かけたときに「私は今、海の上の雨を見ているのかもしれない」と思ったんですよね。

もし自分が見ないふりをしたら、あの瞬間が、あの人の気持ちが、なかったことになってしまう。 

だからこそ、「肩を貸します」と言える詩穂の優しさが、静かに心に沁みました。

 

このセリフを聞きながら、ふと私も思ったのです。

自分自身の中にも、“誰にも気づかれないまま消えていく想い”ってあるんじゃないかと。

でも、その想いに触れてくれる誰かがいたら、それは確かに「在った」ことになる。

 

私にとって、この毎日のブログも、もしかしたら“海の上に降る雨”のようなものかもしれません。

目立つものでも、派手なものでもない。

でも、私の中の小さな想いや気づきを、そっと誰かに届けたい。

誰かが読んでくれて、「そうだよね」と思ってくれたら、その想いは“あったこと”になる。

 

たった一人でも、誰かが見ていてくれたら、それだけで人はきっと、救われるんですよね。

このドラマが教えてくれるのは、暮らしの中にある何気ない感情や出来事の、静かだけど確かな意味。

第3話も、とても素敵な回でしたね。

次回も楽しみにしたいと思います!