keirou

題名が思い出せない映画のセリフに「お年寄りをひとり亡くすことは図書館をひとつなくすのと同じだ」というようなのがあった。
身体の中に優しい風が通り抜けるような、心地よいセリフだ。
人は後世に知識を伝えるために記憶する、そしてそのために歳をとる。
こう考えると男の場合だけかもしれないが、永遠の美とか若さうんぬんはかえって格好悪いものに思えてしまう。
よく本屋の店頭で見かける「株式必勝法」だの「IT社長日記」うんぬんよりじーちゃんの話を聞いている方がよっぽど人生の役に立っている。
じーちゃんが若い頃イギリスの石油会社で働いていた頃の話や戦時中の話を聞くといい意味でも悪い意味でも、シドニーシェルダンが書きそうな大冒険活劇に心躍り、大志を抱きたくなる。
そんなじーちゃんも90歳を過ぎ、さすがに身体にガタがきているようでソファーで寝ていることが増えたそうだ。
そんなじーちゃんに贈って喜ばれるものはなんだろうか。
きっと今まで見たこともないものに相変わらず興味があるのだろう。
まさか「永遠の美と若さ」では……。

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ちなみに敬老の日の始まりは

敬老の日は、兵庫県多可郡野間谷村(後の八千代町を経て現在の多可町八千代区)の門脇政夫村長が1947年(昭和22年)に提唱した「としよりの日」が始まりである。「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と、農閑期に当り気候も良い9月中旬の15日を「としよりの日」と定め、敬老会を開いた。これが1950年(昭和25年)からは兵庫県全体で行われるようになり、後に全国に広がった。その後「としより」という表現は良くないということで1964年(昭和39年)に「老人の日」と改称され、1966年(昭和41年)に国民の祝日「敬老の日」となったわけである。このため、「母の日」のように外国から輸入されたような記念日と違い、「敬老の日」は諸外国にはない。

聖徳太子が四天王寺に悲田院を建立した日であるとか、元正天皇が養老の滝に御幸した日であるとかという俗説もあるが、どちらも確かではない。

1958年(昭和33年)には郵政省(当時)から、「としよりの日」の特殊郵便が発行されている。復帰前の沖縄でも1968年(昭和43年)、記念切手が発行された。

なお、敬老の日を第3月曜日に移すにあたって高齢者団体から反発が相次いだため、老人福祉法第5条を改定して9月15日を老人の日、同日より1週間を老人週間とした。


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