mother


「お母さんありがとう」って口にして言えるのは人生で何回あるのだろうか?
近すぎて気付かない、心許しすぎて届かない。
母の日にちなんでいつもと違う万年筆から少し離れたお話をどうぞ。

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 去年の秋から母は入院をしています。

半年が過ぎ、父とわたしの生活は戸惑いながらもなんとかうまくやっています。

母がいないだけで家の中がこんがらがってしまい、ひさしぶりに片付けをすることにしました。

冬物から春物へと洋服を入れかえていると、押し入れの隅で丸まっている絵を見つけました。

その絵をひろげてみると、ぼろぼろと茶色の粉がこぼれ落ちます。

それはわたしが小学校三年生のときに、母の日に贈った絵でした。


 ぼくはカーネーションを買いに、はじめて花屋に行った。

図工の時間、友達が似顔絵といっしょにお母さんにカーネーションを渡すことを聞かされ、それがとても立派なことに思えたからだ。

男は花屋へ入ったらいけないような気がして恥ずかしく、あたりを見回しだれも知っている人がいないのを見計らって突進した。

店の中には大きな冷蔵庫があり、ひんやりとした空気が漂っている。

不意にぶるっとして、奥にいた花屋のおばちゃんと目が合い緊張した。

「お、おばちゃん、カーネーションください」

「はい母の日用ね、450円です」

 おばちゃんは慣れた手つきでラッピングをはじめた。

その時だった。

ぼくは300円しか持っていないことに気づき、ズボンのポケットの中でぎゅっとお金を握りしめた。

「おばちゃん、あのね……」

 息が詰まってうまいこと言葉が出ない。

そうこうしているあいだにもおばちゃんはテキパキとラッピングしていった。

「おばちゃん、あのねやっぱりお花違うのにする」

「あらそう、じゃあどれにしますか?」

 ぼくはいらないって言えず店に入った以上何か買わないといけないと思い、店の中を見回し買える花を探した。

いろいろな種類の花が並ぶなかで、値札だけを見て選ぶ奇妙な経験。

「これください」

 300円と価格が目に飛び込み、選んだのは黄色と白色の花束だった。

「菊ね、一束300円です」

 ポケットの中から握りしめたお金を焦って渡した。

開いた手にはお金のあとが赤く印刷され汗ばんでいる。

なぜ菊なんて買っているのか考えもせず、ここにいることがとても恥ずかしく消えてしまいたかった。

花屋から菊の花束を受け取ると急いで店から飛び出し、自転車に乗ってさっさと走り去る。

ぼくはせっかくの母の日に何でうまくいかないのか悲しい気持ちになり、涙でぼやけながら自転車をこいだ。

こんなのじゃお母さんに喜んでもらえない、かといって花屋に戻っていらないという勇気もなく、家に着くとコソコソと隠しながら自分の部屋まで持ってあがった。

時計は五時をまわり、夕方の薄暗い部屋で机に向かって泣いている。

机には学校の図工の時間に絵の具で描いたお母さんの絵と菊の花束が置かれていた。

ぼくは椅子に座りどうしようと考えていたが、菊は渡さないで絵だけ渡すことに決めた。

かわいそうだけど菊は捨てようと机から花束を持ち上げたとき、数枚の花びらが絵に舞い落ちた。


「ごはんよ、いらっしゃーい」

 そう呼ばれたのは七時のこと、ぼくは絵を持って食卓にいき、一度大きな深呼吸をした。

「あのね……お母さんありがとう」

 そういって照れながらそっけなく渡したお母さんの絵。

その絵の背景には、菊の花がびっしり敷き詰められている。

黄色い花びらと白い花びらが順番に貼り付けられた絵はなぜかそこに描かれたお母さんの笑顔が引き立って見える。

「ありがとう、この絵大切にするね」

 よほどうれしかったのか、お母さんの喜ぶ声が少し涙声になっていた。

ぼくもうれしくってうれしくって、いっしょに涙声になってお母さん自慢のコロッケを食べた。

なんだかいつもよりしょっぱい味がした。


 押し入れでこの絵を見つけてから二週間後、母は天国へ逝きました。

わたしが病院で絵を見せたとき、母が絵と同じ顔で笑ったのが忘れられません。

今日はお葬式、遺影のまわりに飾られた菊の花畑をみて、わたしの涙はとめどなく溢れました。

「お母さんありがとう。本当に本当にありがとう」

 春の木漏れ日の中で想い出がやさしく包んでくれました。

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ちなみにわたしの母はぴんぴんしてますのでご安心を……。

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