- 三浦 綾子
- 塩狩峠
この本に小学生時分出会っていたら、きっと違う人間になっていたと思います。
内容はキリスト教の教えが多く含まれているため、宗教と聞くだけでいかがわしく感じて、内容を知らずに食わず嫌いのようになる、わたしのような無宗教(といっても葬儀は仏教)なものにとっては、はじめは取っつきにくいものがあるかもしれません。
しかしその部分をさっ引いても、あまりある人生の財産になることは間違いありません。
この話のテーマは「自己犠牲」にあります。
「それは重たい」とか「あり得ない自分大好き」と反論したくなるようであれば、幸せだと思います。
そう思う方ほど、深く感銘しちゃうのではないでしょうか。
今風にいえば「洗脳されちゃう」なのかもしれませんが、それは宗教に対して洗脳されるのではなく、自分自身の未知について洗脳されます。
自分自身の未知とは「愛」とか「死」とか自分でも取り扱いが難しい領域の手に負えない部分のことで、「彼女を愛してるのはSEXの時だけだな」とか「あと何年たってもどうせ今と変わらないから地球滅びてもいいや」ぐらいにしか自分自身の未知を普段から認識していないのであれば、「これはやばい」と気付かされます。
10代の頃に「自分の毎日が楽しければいいじゃん」なんて思い続けて今に至る自分が恥ずかしいとある意味反省させられました。
小学生の読書感想文にこれを書かせたら、きっと本文の内容ではなく、読後の感想文を書くと思います。
きっと作文用紙には、涙のあとが捺印のように押されます。