「お前万年筆売ってみろ」

そんな話が出たのは、父を偲んで集まっていただいた、大学のラグビー部の方からだった。

それが当時父と同じラグビー部で主将を務めていた籐君の親父さんである。

福岡県滞在の生粋の博多弁を話すため、最初は言葉のニュアンスで冗談かと思った。

また万年筆が売れるのかという疑問からそう感じたのかもしれない。

中華料理屋で15人ほどでテーブルを囲んでいる中、博多弁で出たそのセリフは、あまりに信憑性がないものに感じた。

「中国の画家が使っているもので、1本でいろんな太さで書けるものだ」(ほんとは博多弁)と続けたあと、真剣な目で商品になることを話し出した。

そして最後に「若いもんは若いもん同士やればいい」と言って電話をつないだ。

それが息子である藤くんだった。

その時携帯電話で何を話したのかは覚えていない。

ただ今後始まる何かのためにさけるだけの、必要な時間が取れる自分の身の軽さは確保できていた。

どんなに何かをはじめることになっても、時間だけは確保する必要がある。