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人生は興味津々

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先日、会社帰りの通勤電車に乗った時のことです。
比較的込んでいましたがたまたま空いている2人がけの
席があったので、「ラッキー」と思って座りました。

すると先客だった隣の年配男性が
付近を見ながらなにやらブツブツ言っている
ことに気づきました。

「なんだあいつは。しょうがないな全く!」

視線の先を見ると、太った男性が 2人がけの席を
独り占めして座っていました。

「ああ、まあそうだよね」
という感じで聞き流していましたが、そのうちに

「あなたもそう思わんかね!?」

と話しかけられドギマギしてしまいました。

「お願いだから巻き込まないでくれ~」
という感じです。

年配男性はその後もずっとブツブツ言っていました。
彼は多分どこでもそのように正義を振りかざして、「悪」を裁いているのでしょう。

ただ正義を振り回せば振り回すほど、自分も息苦しい人生になるんだろうなと予想できます。
「清く正しく」かもしれませんが、その人も周囲もきっと楽しくはないですよね。


今、問題となっている領土問題にしても
「どちらが正しいか」 というとお互いに主張が衝突します。

宗教にしてもそうです。

「自分たちのほうが正しい」
「いや、自分たちのほうだ」

これでは争いになるのは目に見えています。

そうではなく楽しさに注目して、

「あなたたちはその神様を信じて Happy ですか?」
私たちはこの神様を信じて Happy です。
じゃあ、お互い良かったね。」

そんなふうに思えれば円満に収まります。

領土問題については、

「この島は私たちのものだと思うけど、あなたたちも自分たちのものだと思うんですね。戦争は楽しくないから何か別の方法で解決に向かったほうが良いよね。」

なんて具合に争いを避ける方向に行けます。

「正しいか正しくないか」 ではなく 「楽しいか楽しくないか」 で判断したり、行動したりするほうがどうも良いようです。

人を裁こうとするのは神の視点です。
そして人はそれほど正しい生き物ではありません。

さっきの太った人も、もしかしたら具合が非常に悪かったのかもしれませんし、自分の大切な人を亡くして茫然自失だったかもしれません。

あるいはもっと大変な状況だったのかも。

そんな人を責める資格のある人がいるのでしょうか?
結局のところ人がどんな状況にあるのは分からないのです。

そういえば、半沢直樹の堺雅人が主人公だった「リーガルハイ」でも似たようなことがありました。

切れ者の弁護士・古美門(堺雅人)が電車内で座っていました。
その前には老人が立っています。

正義感のあふれる新人弁護士・黛(新垣結衣)は古美門に席を譲るように注意します。

でも古美門は「理論的」にもっともらしく何故席を譲る必要がないか、黛をやりこめてしまうのです。

まあドラマでは面白可笑しく演出されていますが、でも一理あります。
他人のことはそうそう分かるものではないのです。(自分のことでさえ分からないことだらけなのに)

「正しいか正しくないか」 ではなく 「楽しいか楽しくないか」

どうもそのほうがラクな生き方ができそうです。