私の隣の職場では、フロアの半分の人がインフルエンザだそうです。当事者は大変でしょうが、なかなかその気持ちになってあげることはできません。
自分は元気でピンピンしているからです。
中には他の人の苦しみを分かって上げられずに
「自分はなんてダメなんだ」
と悩んでしまう傾向の人もいるでしょう。
が、そもそも他の人のことを理解できると思っているのが間違いかもしれません。
自分と他人は違います。
同じではありません。
でも平等思想もあってか、「皆同じなんだ」という考えになりがちなようです。
そしてレッテルを貼ってしまいます。
女だから、男だから、中国人だから・・・
レッテルを貼って大枠を捉えるのは意味のあることですが、それで終わってしまっていては判断を誤まります。
部屋の温度が20℃だとしても、ファンヒーターの側はもっと暖かいでしょうし、窓際はもっと寒いでしょう。
同様に中国人といっても個々の人は千差万別となります。
例えば「中国人は何でも食べる」と言われていても、人によって物によって好き嫌いが当然あることでしょう。
それを「何でも」と方つけてしまうのは乱暴です。
人種差別とか男女差別もそういったレッテルを貼っただけで個別の違いをみないところから生じているのかもしれません。
人は一人一人違うんだという前提で相対すれば、争いや誤解を回避できる可能性が高くなるように思えます。
また違いに注目することで自分のこともより深く見えるようになるでしょう。
例えば、自分はバスの中での両替は早めに済ませるほうだとします。でも中には降りる直前で後の人を待たせながら両替をする人もいます。
その違いに気付いたら、
・自分は人に迷惑をかけるのをとても気にする
・人目も気にする
・自分が同じことをすると人から非難されると思っている
・他人に対して心がオープンでない
などなどいろんなことが理解できてきます。
そしてその違いのある他人に対して自分はどう思うのか、嫌悪感があるとしたらそれは一方的な見方ではないのかを考えてみる必要があります。
上の例では、降りる直前で両替を始める人のことを嫌だと思ったとすれば、良い点は何かと考えてみます。
将来のことに思い悩まず、どんな時も何とかなるというゆったりとした気持ちの持ち主かもしれません。
また、ちょっとした迷惑をかけられてもお互いさまだから、と寛容な精神なのかもしれません。
こうして他人を観察し、自分との違いを見つける実践を重ねることで、より自分への理解が深まりビジネスをするにも良い位置につけることになります。