言い訳わけ は覚醒に有害です。どんな言い訳も的外れです。---ラエル

NEW!

テーマ:
公式ジャンル記事ランキング:
シニア911位

Rael Maitreya

 

William Borowczak

Let us not look for excuses when something happens to us. 
Whatever event affects us, we are responsible for everything that
happens to us. 
This is important and it is the basis of our development every day, 
to be completely focused on stopping justifying ourselves, stopping
making excuses.


何かが起こったとき、言い訳を探さないようにしましょう。
どのような出来事が私たちに影響を与えるにせよ、私たちに起こるすべてのことに対して責任があります。
これは重要であり、私たちの日々の成長の基礎です。
自分を正当化することをやめ、言い訳をやめることに完全に集中することです。

マイトレーヤ・ラエル

  

詳しいことはこちらにあります:

 

-----------------------------------

 

「マイトレーヤ」

~その教えの真髄~

マイトレーヤ・ラエル著

 

第八章 責任感

 

言い訳わけ は覚醒に有害です

(54AH/2000年7月、イタリアにて)

 

 

心理学教授でラエリアンの司教であり、世界の教育責任者でもあるダニエル・シャボットと のインタビューに答えて。 

 

ダニエル 言い訳わけ をすることは、精神に有害ですね? 

 

ラエル どんな言い訳も的外まとはずれです。禅僧は弓道きゅうどう において、弓ゆみ を射いって的を外 したとしても、「ミスをしたのは……だったからだ」とは言い訳しません。それどころか、自分の内面に入り、瞑想するのです。自分のやり方が正しくなかっ ただけだと知っているからです。そして、もう一度やってみます。

 

  これは重要なことで、私たちの毎日の成長の基礎となるものです。自分を正当化するのを止や め、言い訳わけ を探さが すのを止めることに完全に集中するのです。言 い訳を探していると、目的に到達するための貴重な時間が無くなってしまいます。言い訳を自分のために見つけてもいいですが、自分を向上させるためだけにそうしてください。 

 

「う〜ん、矢が真まっ直す ぐではなかったな。足の位置が正しくなかったからだ……」  自分に対してこのように言ってもいいですが、他人に言ってはいけません。  

 

他人に言い訳わけ をするのは、他人に結局、自分は優すぐ れているのだとの証明をしたい一つのやり方です。 「今回は良くはなかったけれど、本当はいつも、とても上手なんだ。こんなヘマをしなければ、私がとても上手だってことが分かったはずなのに」

 

  これは思い上がりというものです。他人に認められたいという欲求です。生 きていることを実感するために他人の評価に頼たよ っていると、「ありのままでいる」 ことはできません。「ありのままでいる」ときは、私たちは完全に内面に向かい ます。 

 

「矢が的まと に当たらなかったのはどうしてだろう?」  

私はそれを知る必要があるけれど、他人がそれを知る必要はありません。  

 

人は私を見ていればそれが分かるでしょう。私を見ていないのならば、それを彼らに言う必要はないのです。  

 

これが真に成長するための土台です。自分の内面の成長に目を向けて、見物人にいいところを見せようとは思わず、自分が間違っているのに自分は正しいと、みんなに証明しようとは思わないことです。 

 

いつも自分が正しいと思いたがることは、「ありのままでいる」ことへの大きな障害の一つです。私たちが正まさ しく「ありのままでいる」のは黙だま っているときであり、 ときであり、私たちが正しいと思い込んでいるのは、いつも他人と比べるとき なのです。  

黙って考える人は自分を正当化しません。自分を正当化しないように注意することはとても重要です。  

 

自分のミスに対してこれは言い訳わけ しなくてはいけないぞ、と思う時ほど、何も言う必要はないのです。それは誰だれ にとっても難しいことです。とても難しい ことです。誰だって言いたくてたまらないのですから。どうして自分が正しい のかを説明したいわけですから。ですから、自分が正しいと思いたい人が誰も いなければ、紛争などは起きなかったでしょう。  

 

異なる意見を持つふたりが、知性を用いてありのままでいよう、正まさ しく「い よう」とすれば、ふたりの意見は一致するでしょう。なぜなら、どんなときで も一つぐらいは、妥協点というのがありますから。 

 

今うまくいっていないことを、過去のせいにしないように気をつけましょう。 

 

「私がいま不満を感じているのは、小さい頃ころ に父親に殴なぐ られたからだ。強姦さ れたことがあるからだ。ああだったからだ、こうだったからだ……」 

 

自分を正当化していると、いつまで経た っても自分を変えることはできません。 木の実を隅すみ の方に集めて貯た めているリスのようになってしまいます。正当化と いう木の実を保存しておいて、追い詰められるといつも、「ああ困った。早く木 の実を取り出さないと」となるのです。  

 

頭の中に言い訳わけ や正当化が残っている限り、意識を向上させることも、変化させることもできません。 

 

ダニエル ラエル、私たちの生きている社会では、いつも議論したり言い訳を しなければいけない状態です。誰だれ が悪いのかを決めなければならないからです。ですから、正当化は責任逃のが れの手段なのではないでしょうか。残念なこと に、私たちはそれによって自分自身から離れてしまい、「ありのままでいる」状 態からも離れてしまいます。 

 

ラエル その通りです。正当化は美辞麗句であり、無駄な議論であり、偽善で す。いつも事実を歪ゆが めて、自分が完全に間違っているのに、自分が正しいんだ ということを証明しようとするのです。 私は時々、人を諭さと すことがあります。「自分を正当化するのはやめなさい。誤 りは誤りなんですから」と言うと、その人は納得して議論はお終しま いになります。 私は、「今度は上手うまくいった。分かってくれた。もう自分を正当化するのはやめて進歩するだろう」と喜びます。  

 

ところが、別れ際ぎわ にその人はこう言います。 「実際のところ、私は間違って良かったです。そのおかげで学ぶことができま したから」 

あらら、また間違えましたよ! 

 

ダニエル また、やっちゃったんですね? 

 

ラエル そうです。この人はまた自分を正当化したのです。 「間違いを犯した私は正しかったんだ。だって、そこから学ぶことができたん だもの」  

ダメです。この人は間違っています!

 

「あなたは間違っているのだから、それを認めなさい! あなたが間違っている のは、学んだから成長するということに気がついたからではありません。あな たが間違っているのは、自分が学んだということを他人に話す必要はないから です。それを口にするのは、あまり学んでないということです。あなたがそれ を口にしたのは、あなたにとって他人に評価されることが重要だからです。見 かけはどうであれ、あなたの間違った行為が、良い結果に結びついたと他人に 知ってほしいからなのです」

 

 「なぜ、他人にそれを知ってほしいのですか? 人に認めてもらいたいからです か? それは、なぜですか?」 

 

ダニエル 行動の諸々もろもろの動機は、思い上がりから来るのではないでしょうか? 

 

ラエル 思い上がりです! それは自うぬ 惚ぼ れなのです。自惚れから行うことは、すべて「ありのままでいる」ことから私たちを遠ざけます。ですから、私たちは 謙虚に行動しなければなりません。なぜなら、私たちは単なるチリにすぎず、謙虚さは賢明さの最も大きな味方ですから。  

チリが、自分は正しい、自分は他人より良いなどと、どうして証明したいと 思うでしょうか。  他の人より良いというのは重要ではありません。自分よりも良いというのが 重要なのです。

 

出版社:無限堂

最寄りの本屋さんから取り寄せできます。

無料ダウンロードで読めます。オーディオブックもここから。

書籍のご紹介 | 日本ラエリアン・ムーブメント (ufolove.jp)