「人は心の中で考えているとおりの人間になる」
人とは、その人が考えることそのもの。
心に抱いているあらゆる思いや考えをすべて合わせたものが、
その人の人格に表れる。どんな植物も種から芽生える。
種がなくてはこの世に生まれることはない。
人の行いも同じように、「考え」という目に見えない種から生まれている。
もし考えの種がなかったら、どんな行いも表れることはない。
これは、意識的な行いにも無意識にしている行為にも言えること。
行いは考えの種から咲く花で、喜びや苦しみはその果実(結果)である。
人は、自分がまいて育てた種(原因)に応じて、
甘い実(喜び)や苦い実(苦しみ)=果実(結果)を収穫する。
人の心は「庭」と同じようなもの。
知的に手入れが行き届いている庭も、
荒れ放題にされている庭もあるだろう。
たとえどんな状態にしていても、
心という庭には、必ず何かが芽生えてくる。
もし役に立つ植物の種をまかなければ、雑草の種がいくらでも入り込んで、
庭を覆い尽くしてしまうだろう。
どんどん草ぼうぼうになっていくのである。
庭師は、庭をよく手入れして、雑草が茂らないように気をつけ、
育てたい花や果実を栽培する。
同じように、人も心の庭の手入れをしなくてはならない。
浅ましい思いや誤った考え、不純な思考を取り除き、
価値のある花や果実を実らせ、収穫することを目指し、
美しい思い、正しい考え、清らかな思考を育てる。
心の庭には、いろいろな芽が生えてくるので、悪い芽を摘み取っていく作業が必要。
やがて、残された良い芽は育ち、花を咲かせ、果実を実らせる。
思いはやがて結実する。
思いや考え=種、行い=花、結果・環境=実。
人生の成果=収穫を刈り取る時。
人は、自分の収穫を刈り取る時、喜び(良い実)からも苦しみ(悪い実)からも学ぶ。
人は、誠実な考えと行いから良い結果を刈り取り、
同じように自分の悪いところが生み出している苦しみも受けている。
人には誠実に見えようと、不誠実に見えようと、
人は心のあるがままに幸せと苦しみを自分にもたらしている。
美しい思いは、上品でやさしい人柄となり、穏やかな温かい環境を創る。
けがれのない考えは、控えめで自制心がある生き方になり、
静けさと平穏さに満ちた環境につながる。
勇気と信念で決断を重んじる考え方は、毅然とした態度を取れる生き方になり、
豊かさと自由に満ちた生活を実現する。
苦労をいとわない考え方は、きれい好きで勤勉な性格を表し、
心地よい環境を創る。
好意的で寛大な思いは、人を温かく包み、安らかな環境を築いていく。
愛情深く私心のない思いは、人や社会に貢献し、
脅かされることのない繁栄と、真の豊かさに満ちた環境を実現する。
適切な目標(苗木)⇒信念を貫いていく⇒目標達成(開花)=目標達成の花が咲く(歓び・幸せ)
純粋で熱い想いが理想の種を発芽させ、小さな夢の苗木が、
努力という肥料によって、大きな理想の夢の木(実現)となっていく。
人が「心の平穏」とも呼んでいる、すばらしく安定した心持ちは、
人が最後に到達する心の豊かさ。
それは、人生が咲かせる花、魂が実らせる果実。
どんなに高価な宝石よりも、はるかに価値の高い貴重なもの。
お金や財産をいくら手にしても「心の平穏」は得られない。
安らかな心で過ごす毎日は、まるで真理の海のふところの、
嵐も届かない深みで、永遠の穏やかさに包まれて暮らすようなものと考える。
「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」
「今日一日 謙虚にしようと想う」
「今日一日 素直になろうと想う」
「今日一日 感謝しようと想う」
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ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪