おはようございます音譜

暖かい日が続きますね音譜

この季節、「春眠暁を覚えず」と言いますが、ここ最近なぜか、夜明け前に目が覚めます。

それから、今度、ゴルフに行く羽目になりました。

もう何年もやってないし、フォアー × 何回??かなはてなマーク

・・・散々な結果になるでしょうねニコニコ



さて、さて、今日は・・・



「救いが得られるのは行いによるのですか? それとも黙想を通してですか」

「どちらでもない。救いは見ることによってやってくるのだ」

「見るって、何をです」

「どうしても欲しいと思っていた金の首飾りが、現に自分の首にぶらさがっていること。

 また、恐れていた蛇が、実は地面に落ちているロープにすぎないこと」

【-- アントニー・デ・メロ(アメリカの宗教家)--】



急に、足のふくらはぎの筋肉がけいれんを起こして引きつったようになり、

ものすごい痛みを感じて動けなくなる。



これは、「こむらがえり」といわれる症状ですね。

誰でも一度くらいは経験したことがあるのではないでしょうか。

原因は、足の関節を支える筋肉の収縮運動のコントロールの乱れだということです。

脳は、筋肉に対していろいろな動きをするように指令を出します。

さらに、筋肉組織にはいろいろなセンサーがあって、それを受けた脊髄などの中枢が

外側の環境とうまく協調していくための指令を出すのです。

この指令系統がうまくいっていると、筋肉は自由に心地よく動くことがきるのですが、

バランスが乱れるとと脳からの指令がうまく伝わらず、筋肉の収縮運動が

コントロールできなくなってしまいます。

その結果、筋肉は収縮し続けることになり、痛みが生じてくるということのようです。


脊髄からの指令は、危険を察知して生き残るためにはとても大事なものなのですが、

あまりにも敏感すぎると自分を苦しめることにもなってしまいますね。



私たちの心も、「こむらがえり」になってしまうことがあるようです。



大脳は、いろいろな情報を受け取り考える場所ですが、その下に視床と呼ばれる

領域があります。

視床には、外部から受けた刺激を大脳へ伝える機能があるのですが、

感情が生まれてくる場所でもあるようです。


このバランスがうまく取れているのなら、私たちの心は、やはり自由で楽でいることができるのです。

でも、そうでないと、やっぱり自分を苦しめてしまいます。



たとえば、誰かにちょっと忠告めいたことを言われたとします。

その刺激が、視床を通してスムーズに大脳に伝わるとしたら、

私たちは、そこからいろいろなものを得ることができます。

もちろん、いろんな感情は生まれてくるでしょう。

「困惑」あるいは、「失望」、「悲しみ」かも知れませんし、「怒り」を感じることもあるでしょう。

そこにバランスがあるのだとしたら、その忠告を大脳中枢でも受け取ることができるのです。

感情は、それをいろいろな角度から眺めることを助けてくれます。



そして、もしその忠告によって、自分でも気づかなかった発見があるとすれば、

それを生かしていけばいいのですし、それが見当はずれでも、自分のやったことの

意味をもう一度確認できるかも知れません。

ところが、そんなバランスがうまく取れていないとしたらどうでしょうか。

その忠告という刺激を視床だけで受け取って、大脳にまで届かないといったような場合です。

つまり、視床で生じたネガティブな感情にふりまわされて、それにそのまま反応してしまうのです。

「怒り」に振り回されて相手を罵ってしまったり、「悲しみ」をコントロールできなくて

落ち込んでしまったり・・・

そんな感情は、私たちの心を締め付け痛みを与えることになります。



感情もやはり、私たちが生き残ったり、多角的にものを見るために大事なものなのですが、

振り回されてしまうと自分を痛めつけることになります。



これが、心の「こむらがえり」です。



もっと楽に生きていくためには、筋肉も感情もコントロールしたりされたりするということではなく、

ただバランスを大事にするということなのかも知れません。



まずは、深呼吸をして、目の前のものを、

そのまま受け取ってみることからはじめてみましょうかラブラブラブラブラブラブ

     「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」

     「今日一日 謙虚にしようと想う」

     「今日一日 素直になろうと想う」

     「今日一日 感謝しようと想う」



ヾ(*'-'*)ヾ(*^o^*)ヾ(*'-'*)

   ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪