先月末に、……ある方からお話を聞く機会がありました。
「呼びかけ
」は、いつでも誰にでも来ていると・・・。
それは、「愛せよ
」という呼びかけであり、「愛を受け取れ
」という呼びかけでもある。
それは神、あるいは大宇宙、大自然といわれている存在からの呼びかけである。
「愛せよ」とは、言い換えれば自分のワクを超えろということ。
なぜなら「愛」の対極にあるものは「エゴ」。
「エゴ」とは、自分の身を守るためにあるものだからです。
自分のワクを超えない限り、今の自分は安全でいることができる。
冒険しなければ、危険もない。
不安
、恐怖
、不信
。
それらはすべて「エゴ」から生じる。
つまり、今の自分を変えたくないという思いです。
たとえ今の自分のことが嫌いで、生き方を変えたいと切に願っている人でも「エゴ」が働いた瞬間、
そのちっぽけな自分を守ろうと必死になる。
だから、この世界は「愛せよ」と呼びかける。
自分のワクを超越したとたん、すばらしいものが見えてくるはずだからだ。
天から与えられた才能、資質に気づくことは、自分を表現し輝かせることになる。
その輝きに導かれ、同じ輝きの種を宿す人々とのつながりをつくりだす。
絵を描くこと、映画を作ること、音楽で自分の内面を表現すること、物語を伝えること。
自分のワクを超えて、本質に触れたものは、それが職業になり、あるいは芸術的な表現手段となり、
ほかの人々にも愛を与えることができるようになる。
もちろん芸術に限らず、もっと目立たない才能もそう。
人を笑わせる。
人の話を良く聞く。
まわりを良い気持ちにさせる。
共感する、感動する。
その能力はもう「呼びかけ」に応じた「愛」の表現です。
「愛」を別のことばで表現するとしたら、「自分自身になれ」ということばですよね。
「自分自身になる」ということは、この大きな世界の一部になるということであり、
自分がそうした存在であると気づくことです。
魂に応える準備ができたときに、「呼びかけ」はやってくる。
真実は、「呼びかけ」はいつもあるのだが、自分の本質に気づくための最適なタイミングの際に、
見えてくるということです。
それは光と喜びに満ちたものであるとは限らない。
挫折、失敗、絶望、という形を通しての「呼びかけ」もある。
それに気づくか
、見ないふりをするか![]()
「エゴ」に打ち勝ち、「愛」を受け入れることができれば、そこから新しい物語がはじまる。
われわれは、われわれが思っているより、もっと大きな存在なのです。
……ずっと意味を考えていました。
よくよく思ってみれば、この話、誰かに聞いたものか
、本で読んだものか
、夢に見たものか![]()
はたまたひらめきのメッセージなのか
わからなくなってきました。
どちらにせよ、今、何かを乗り越えるべきときなのでしょうね
きっと・・・
「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」
「今日一日 謙虚にしようと想う」
「今日一日 素直になろうと想う」
「今日一日 感謝しようと想う」
ヾ(*'-'*)ヾ(*^o^*)ヾ(*'-'*)
ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪