昨日、感動的で悲しい話を聞きました。


小学校5年生と小学2年生と幼稚園の子供を残して、45歳という若さで、ガンでなくなった

お母さんが書き残された子供たちへの手紙です。


「旅立つ私のメッセージ、ゆりちゃん、さえちゃん、まいちゃん、母さんはいつも見守っています。」

と痛みに耐えて書きつづられた手紙です。

生まれてよかったといえる自分になってください。何のために、この世に生をうけたのか、

必ず目的があってのことです。

お母さんが思うには『私が私であってよかったといえる私』 だといえることではないでしょうか。

その私が私であってよかったといえる私は、お金持ちになったり、健康だからよかったといえるように

なったとか、そんなことではないのです。

自分の思いどおりになることが好きで、自分の思いどおりにならないことが嫌いという思いを

持ち続けながら今まで生きてきたのですから、自分の思いどおりになったとき、よかったというのが

普通だと思うのですが、しかし、それは自分の思いどおりになればいいといっていることですから、

これはいつでも私たちが思っていることです。

しかし、本当にそのとおりになるのでしょうか?私が私であってよかったといえる様なことがずっと

続いていくのでしょうか?。

お金がなくても、病気をしてもいろんなことをするなかで、いつでも、どんなときでも、

私が私でよかったといえるあなたになれビックリマーク』と呼びかけてくださる方があった。

その呼び声を聞くということが、人間のいちばん大事な願いではないでしょうか。

そのお方こそ親鸞聖人だと私は思います。

だから『お母さんは、お母さんでよかったと思います』お母さんは、親鸞様が大好きです。

どうか手を合わせることのできる人間になってほしいと思います。

この人生、楽しいことばかりでは決してないのです。

悲しいこと、つらいことの連続かもしれません。

そんな人生だけどもお母さんのように、強く、明るくのりきっていってほしいの。

もう少し大きくなって、もしお寺にお参りして、聴聞をしてみたいと思うときがきたときは、

ぜひ、お参りして下さい。

この世に生まれ出た目的がはっきりするはずです。

さみしいとき、かなしいときは、”なもあみだぶつ”ととなえて下さい。

お母さんはいつでも守ってあげます。・・・

この世に、可愛い子供を残して、往生された、裕子さんが残された手紙です。

今は元気だと思っている私たちも、子供のことを真剣に思うのなら、この人生をうかつに過ごさず、

人間として最も大事なことを、はっきりと味わうことこそが、必要があるのではないかと思いました。



     「今日一日 明るく朗らかにしようと想う」

     「今日一日 謙虚にしようと想う」

     「今日一日 素直になろうと想う」

     「今日一日 感謝しようと想う」





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   ありがとう♪ありがとう♪ありがとう♪