一つめの打合せ
これができます!という限定募集より、私そのものの中のエッセンスを周りがチョイスする。

目的地はあり、地図や手段のどれが足りないかを発信する。

あらあら、己の現状をそのまま把握することだよな…。

 二つめの打合せ
何のため?
独りにしない。居場所がある。その発信だけなんだろうな。


そして、今日の電話相談。
誰も独りにされないコミュニケーションが図れた。まずはじめはそのことに感謝。
このコミュニケーションの先に創造されるものを祈りながら。

宿直明けの入浴の至福感は大きいけど、そのまま眠らずに、動いてみて、整理する新しい流れを作ってみたこと。


連絡したいけど躊躇して、事例に目を通す何とも表現できない感情に、語彙力がついていかない…。

すき間に済ませたゴミ分別も、入浴も、文具調達も、気付いたら食事要らない…。

明日の宿直に向けて、今から弛める時間になる。


…良く知らないし、どんな反応があるかもわからないのに、分かち合いたい?一方的に聴いて欲しいだけかな?受容されたくて、受容したい。そんな感覚。

zoom使用開始でいよいよ自宅のネット環境整備が必要みたい。

届いた本と、今日も一つまた味わってから、弛めて明日を迎えます。

ありがとう(*^^*)
今日は、2本立てでzoomの試験的打合せがあり、パソコン画面ではなく、スマホで、しかもガラケーがいよいよ壊れてやっとスマホにした、私が、目上の方がスマホになり、iPhoneを駆使して、色んなアプリで、利用者さん達の今を知ろうとしてくれていて…。

とにかく、次の打合せまでにやることを済ませて…と思っていると、突然の電話相談。
まだ人知れず、シェルターを必要としながらも、私が利用できる場所なんてなくて、皆様のご迷惑になって…と。

誰が、どうだったら対象で、その違いや差は何なのか…。こうやって、宿直明けの仮眠を取るかどうかで、軽い頭痛があるかどうかなど、億劫になりがちだけど、ちゃんと動いて、参加してみた。

得た気付きの多いこと…。

こうやって支えられているんだと、改めて感じた瞬間。この勢いで次に行こう!

地元の大学に、自分の行きたい大学はない。

行きたいというのは、学びたい内容ではなく、偏差値やネームバリュー、女子大学とか、良妻賢母とか、地元を離れた選択肢が他人にあって自分にないとか、そんな表面的な理由。

…見事に当日、センター試験で今まで見たこともない国語の点数に愕然として、緊張もなく通常の体制で感覚で解いていた8割安定の文系科目が、まさかの二桁台!はて?どうした?
布置は始まっていたのですね٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
見事な浪人生活を送り、また興味のなかった経済学部に行くのです。

私の合格を見届けて、旅立ちをした母のことや、浪人生活時代のことは、また別の機会に譲るとして、この20年以上昔の、決して経済という学問に勤しむことなく、講義内容が面白いと思えたものはいくつかあったけど、当時は、独り肩肘張って教職とって、女ひとりでも食べていけるようにという母の教えを、高校時代は否定していたのに、頑なに思考回路ができていました(笑)


今回、コロさんが出てきた契機に民主主義国家がどっちに向かって行くだのなんだのというアフターコロさんを考えたら、あら、学長の授業のアダムスミスさんの神の見えざる手だの、教材に指定して下さった、飯田先生の「人はおよそ命令では動かない」のフレーズが浮かんだわけです。
すっかり忘却していたのに、ひょっこり現れるんだなぁと思いながら、今度は、ヴィヴィアン・リーチさんの「コロナウィルスから人類への手紙」を読んだら、そういえば、卒論で地球環境のために、ゴミ分別される前の時代にこどもの頃からのアプローチが必要みたいなこと書いたんだと、また思い出した。
卒論が楽という理由で決めたゼミ。あぁ、何と当時の私の視野の狭さを痛感するのです。

直感的に教護院という場所に惹かれ、地元で採用通知をもらっていた教員の仕事を辞退して、教護院の実習に行った時、当時の指導者に、大学で学んだことはこの先10年持つかわからないと言われて、私は既に、経済学部の学びは教護院の世界や福祉、社会に出た初日から関係ないと思っていたのに、この布置ぶりに、ただただ参りましたと思ったりする。

寝る間を惜しんで、働いて、遊んで、やりたい放題、学生時代を謳歌した。この経験のありがたみと、その結果与えられた次のステップと、謎の難病と、太陽sunと暮らす人間であることを度外視した私にも、ちゃんと用意されていました(^^;)

すっかり忘れていた学生時代が最近良く出てくるので、備忘的に。