採訪で語り継がれた7歳までは神、読破した本にも7歳までは叱らずに、愛情たっぷりにと。

時代も角度も違うのに、連日読んだ本の言葉のシンクロ。

そして、拾い集めて今に遺してくれている。この貴重な営みもまた、恩送りだと思う。

事例の後のzoom会議。
どちらも、存在する「生」をもう一度、できるだけ丁寧に大切にできないかを考えて、こちらのシンクロにも、批評、評論もありでいいし、アイデンティティなら、もはや、言及もせずに、受け止めながらも、自分の在り方は、どんな切り口を持っているのかに気付く作業をする。

「木を見て森を見ず」の解釈の下りもあったけど、愛を知るために木を育ててから森を見ることもできるんだよね…。

当然、キャリアや職業的に当然、森そのものの存在を大前提に愛おしく、認めることが当たり前ではなかった。

愛を知ること。
知っているのか?と問われたら、実感したことを語ることはできるけど、知っているということになるのかと言われたら…。

ただ、主体的に決めてから、次々と湧いてくる。波紋の拡がりを楽しんでいたら、stayhomeが豊かで…。

傍からみたら、豊かでも何でもないけど、自分の中で始まりました音譜

あと3~5年で。
今ここの積み重ねを感謝とともに。


出勤前までは寝違えたり、歯の影響で頭痛が出ても、動き出すと治っている。

知らず知らずに、歯をかみしめている。

この頭痛出現の時は、鎮痛剤を使う時と使わない時もある。

今朝は弛めて気持ち良く寝た後なのに、起きたら頭痛出現(^^;)
たてこんでるミッションをクリアしようと頭が数多に思考しているからか…
ホルモンバランス的に、通常にない腹痛もあったので、因果は特定できず…(^^;)

でも、この先を考えて、働き方を考えるためのステップだと位置付ける。

昨日のやりとりで思い出した連携のこと。疎ましく思われていないかという思いがよぎったこと。誤解されたくないと思ったこと。必要なら引き受ける覚悟もあり、でも、もう洗練されていないというか、スタンダードじゃないのかも、スタンダードはないことも理解しつつ、知らない山があるのでは?とブレそうな自分がいて、また立て直す。

今やっていることに、大きなブレはなく、出会う人や物(本)、エピソードで再認識することが多い。
そんな心持ちでいると、スムーズに進む。利用者さんや周囲が私の発しているものを受け取って対応してくれているおかげであり、私の力ではない。

お天道様みたいと、届いたメール。
彼女を悩ませていたとしても、暖かな日差しでただ優しく、明るく照らせることができたらと思う。

祈りながら。

そして、うまく伝えられないことを棚上げして、やりたい人がやればいい。
切れ切れに研かれていなくても、利用者さんに力があるから、ある程度の精度の箱でも、そこに思いがある人が居ればそれでいいと、亜種の感覚の私がいる。

他県で頑張り、居場所を作り続け、措置されていることを知って、余計にそう思った私がいる。

特別じゃなく、穿った訳でもなく、もういっか…の投げ出しと割り切りと、リスペクトと軽い諦めと、多様性の必要の認識と、一線を画する亜種の感覚が綯い交ぜで、でも、拮抗状態の後に残ったのは、多様性を認めて、リスペクトと清々しさの方が強い。


そして、もう少ししたら、秘匿や内輪で固めずとも、本人達と話し合う作業を進められるようになりそうで、そんな心持ちを確信しつつある出会いをもらったのが、昨日のレイヤーと、今日読破した本。

小学館
校則をなくした中学校 たったひとつの校長ルール 西郷孝彦(元校長)

そして、聴いて欲しい、分かち合いたいという衝動が湧く人達がいる。
その方々を大切にしたいのか…。

あちこちに思いが錯綜しながら、繋がり、まとまり、今ここにたち戻る作業。

動くと決めたテーマなんだと思う。

今日も彼女達が無事でありますように。

今月お誕生日のOB組も元気でありますように。

二律背反を受け止めながら、不確実性に耐えながら、それを負荷と思わず、醍醐味として、等身大で動くことを許可。照れ







早起き

ホイドってすごいな。
ホイドになれずに施しを受けて生きているよ。確かに…。


してもらっていないことはできない。
次元が違うけど、恩送りできるようでありたいと…。ニコニコお願い