杏林(きょうりん)とは? 医者? | ~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

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お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

杏林(きょうりん)とは? 医者?


杏(あんず)の木の林の事ですが


中国三国時代には
医者や医院の事を杏林(きょうりん)と言いました

何故、この言葉が、お医者さんなのでしょうか?


杏(あんず)・・・

中国では高級な果物であり

種子のことを、生薬キョウニン(杏仁)と言われ

鎮咳、去痰、嘔吐に用いられます

麻黄湯、麻杏甘石湯、杏蘇散などの
漢方処方にも用いられます

キョウニンを水蒸気蒸留して精製したものが

キョウニン水で、鎮咳に用いられます

杏仁(あんにん)豆腐は、
本来は薬膳料理なのです


杏(あんず)・・・高級なものなのですね



三国時代の名医 
董奉(とうほう)様の故事からです

董奉(とうほう)様は、名医だったのです

建安の三名医と言われた一人です

三名医⇒ 董奉 華陀 張仲景


この董奉(とうほう)先生

治療代を受け取らなかったのです

重病の人を直した時には、
杏(あんず)の木を5株植えさせ

軽い病気を治した時には、
杏(あんず)の木を1株植えさせたのです


そして、数年が過ぎ、
杏の木は十万本にもなったのです


鳥獣を全てを杏林の中で遊ばせたのです

雑草が生えず、綺麗に整地され、

草を鋤(すき)で取り去ったようだったと言います


当然 杏は、沢山取れたのです

その杏の実を器一杯の穀物と
引き換えに持たせたのです


集まった穀物は、
貧窮者の救済に使われたのです


江戸時代の医者といい、
中国の三国時代の医者といい

本当に立派でございます


わが身より、人民の為でございます

この董奉(とうほう)先生

三百余歳も生きられたと言います

しかも、容貌は、三十歳のようであったそうです


金儲け主義ではいけないのですね

とらんくすや。親父も頑張っています


高価な金あしらいの生地を使い

豪華絢爛な、藩津(ぱんつ)を作っていますぞ


大人気です、お値段は同じでございます

すみません

悟りの境地に達していないので

お代金を頂いております・・・あしからず

トホホ・・・百歳も無理でございますね