桃源郷(とうげんきょう)は、見つからない?
久しぶりに、浅草を散策致しました
浅草で商売している
とらんくすや。親父でございますが
なかなか 散策などと言う余裕は有りません
しかし、何故か、外の景色を見たかったのです
人間 仕事や、商売に忙殺されていると、
ふっと、我を忘れる事の出来る
風景に巡り合いたいのかもしれません
浅草の隅田川 花火大会では大賑わいの場所ですが、
秋のこの時期は、何故か風流でございます
隅田川に架かる吾妻橋(あづまばし)の上から
遊覧船や、水上バス、屋形船が、優雅に川を進んでいます
久しぶりに、乗ってみたいと思います
この先には、何が有るのだろう?
ふっと・・・思うのです
とらんくすや。親父
よ~く 存じている地形でございますが
何か・・・ふっと 思わされてしまったのです
この先に、 桃源郷は無いのかな?
有るやもしれない、ぼ~と 川面を眺めるのです
桃源郷 (とうげんきょう)のお話です
武陵桃源 (ぶりょうとうげん)
中国の武陵と言う所に漁師の男がいました
ある日、川に沿って船を漕いでいました
上流に行きますと、
突然 桃の花が咲き乱れる林が両岸に広がってきました
香ばしく、美しく、男は心を奪われました
更に川を遡ると、水源に辿り着きました
そこは山で、山腹に人が通り抜けられるだけの
小さな穴があったのです
男は穴の中に入っていったのです
穴を抜けると、広い平野になっていました
農家も田畑も池も、桑畑も全てが立派で美しいのです
その土地の住民は、みな微笑みを絶やさず働いていました
村人たちは、男を見つけ、驚き話しかけてきました
男は、「武陵から来た漁師だ」と言いました
村人達は、家に迎えたいそうなご馳走を振舞ってくれました
村人達は、「外の世界」を尋ねました
「今は誰の時代なのですか」
晋の時代であると告げると吃驚です
秦 ⇒ 漢 ⇒ 三国時代 ⇒ 晋
村人達は、秦の時代の戦乱を避け、
家族や村ごと逃げ、山奥の誰も来ない地を探し当て
開拓したのです、それ以降、決して外に出ず、当時のままです
一切の外界との関わりを絶って暮らしていると言うのです
男が、この桃源郷を去る時、村人から言われました
「この地の事は、外の世界では放さないでください」
穴から出た男は、村人を裏切り、
目印を何カ所も付け帰ったのです
この男、役人に話しました
役人は、何回も桃源郷へ行こうと試みましたが
二度とその地に行く事は出来ませんでした
文人や、学者も試みましたが駄目でした
作者は、 陶淵明です
『桃花源記』が出処でございます
桃源郷(とうげんきょう)とは、
俗界を離れた
他界や、仙境、ユートピアとは似て非なるもの
正反対のものである と言っています
それは 己自身の魂の奥底にあるものであり、
目的を持って追求しても
到達できる場所では無いのであると
「千と千尋の神隠し」 いつも何度でも
・・・・・・
はじまりの朝の 静かな窓
ゼロになるからだ 充たされてゆけ
海の彼方には もう探さない
輝くものは いつもここに
わたしのなかに みつけられたから
輝けるのは、己自身の魂の奥底にある
年老いた とらんくすや。親父 が
目覚める 散策なのでした
