サンバ SAMBA 心に思う | ~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

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何卒、ご了解の程お願い申し上げます

サンバ SAMBA 心に思う


浅草サンバカーニバル

8月23日 土曜日

午後1時より午後6時に、

馬道通りから、雷門通りにかけて

パレードが行われます


例年 沢山のお客様が見物に来られます

夏の最後の祭典ですね


この、カーニバル

美人の踊り子さんを、写真に収めようと

写真マニアが集まります

一番好いアングルで写真を撮りたいと

場所取りの戦いが、朝より始まります


少し、異様ですかな 失礼 言い過ぎですね


サンバ SAMBA とは?

ブラジルの代表的な音楽です

ブラジルは、

1500年前にポルトガルによって発見され

以後、ポルトガルの植民地となりました

ブラジルの開拓の為、多くのアフリカ人が、

奴隷貿易で連れて来られたのです


アフリカの宗教的民俗舞曲、ヨーロッパの舞曲などが

混ざり合って、独特な音楽となっていくのです


最初は、人種差別や、政治への批判の音楽だったのです

それが、現在の様な楽しい音楽になっていくのです


忘れてはいけませんね

奴隷となった人達の苦しみが、根幹に有った事を


しかし、何故? 

浅草とサンバが くっついたのでしょうか?


浅草は、昭和初期には、

映画館、演芸など娯楽の一大中心地だったのです

しかし、昭和30年ごろには、

浅草の活気が下火となってしまいました

心配致しました

当時の台東区長内山榮一さんと

浅草喜劇出身俳優の伴淳三郎が、発案し、

サンバカーニバルをやろうと言う事になったようです


もう一つ 大事な事がございます

 
日本とブラジル 
繋がりがございます

100年ほど前に、

30万人程の日本人がブラジルへ、移民として渡りました

現在では、その子孫である日系ブラジル人を含めますと

150万人もの人が、ブラジルに住んでいるのです


ブラジルでの、日本人の貢献は凄いのです

ブラジルの農業の基礎を作ったのは、日本人なのです


サンバカーニバルのこの機会

明るさの裏には・・・

ブラジルに渡った日本の皆様の苦労や、

奴隷となった人達の苦しみが有ったと言う事を

忘れてはなりませんね


しかし、 サンバカーニバル 

大いに盛り上がりましょう


思い出しました  

こんなのも流行りましたね・・・

お嫁サンバ

てんとう虫のサンバ

マツケンサンバ

しかし、今回は、本物がやって参りますぞ!


とらんくすや。親父

踊りが下手くそですので、

心で踊りたいと存じます

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