江戸 農村の食事
一日二食が殆どだったようですが
さて、食べる為の道具
もちろん 茶碗と皿とお箸・・・
では無いのです
特に茶碗や皿ですが、
高級なものだったのです
使えません
割れればとんでもない事になります
ですので、
木の葉っぱを使っていました
多く使われたのは、
桐の葉っぱと言われています
茶碗の産地は、尾張が多く
馬中心の配送網でしたので、
この重い物はなかなか、運べなく、
一般には広がらなかったようです
高級なものでもあったので・・・
主食は、
麦、粟(あわ)、稗(ひえ)だったのです
あと 汁、山菜でございます
魚は食べていたのでしょうか?
いいえ、海に面した村でも、
魚を取って食すということは
江戸時代以前では、
無かったようでございます
江戸時代に入り、
江戸や、大坂など都市向けに、
魚を取るようになりました
高級魚の鯛などは、殿様や、
金持ちの食べ物となりました
農村では、こうして取られた魚の中で
鰯(いわし)などが、
塩漬けにして食されたのです
特に山間の農村では、塩 が貴重です
塩鰯(いわし)の食し方ですが・・・
初日 焼いて、舐めるだけ
二日目 頭を食べる 三日目 残りを食べる
塩 身体の為に大事と考えられていたのです
いや~ 質素でございます
しかし、
農民はにこやかに、
のんびり生活していたようです
塩の話が出ましたが
日本は、塩から生まれた島ですぞ
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
矛(ほこ)で海をかきまぜていました
矛を海から引き揚げた時、
その先からぽとりと滴が落ち、
その滴が固まった時、そこには島ができていました
塩の滴でできた最初の島が淡路島
それを足場につくられたのが日本の島々です
塩 大事です
塩を取り過ぎ 血圧が高い とらんくすや。親父
有難味を感じ、今後、焼き魚を三日がかりで食す
修行をせねばと感じている処でございます