風呂敷とは、何者? | ~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

風呂敷とは、何者?


奈良、平安時代には、只の布切れですが

大事な物を、布に包んで、箱の中に入れておく

ということが行われていました


其の当時は、

平包(ひらつつみ)と呼ばれていました


着物などを、包む時には、

古路毛都々美(ころもづつみ)
などとも呼ばれました


まだ、風呂という文字は出てきません


まず、お風呂の歴史ですが、


仏教において病を退けて福を招来するもの

として入浴が奨励されたのです

当時の入浴は湯につかるわけではなく、

薬草などを入れた湯を沸かし

蒸気での蒸し風呂形式でした


現在では、風呂は湯の張ってあるものですが、

当時は、蒸し風呂を指す言葉だったのです


平安時代になると、

上級のお公家様が、この蒸し風呂を

ご愛用するようになったのです


浴槽にお湯を張り、そこに体を浸かるという

現在の様なお風呂は、

江戸時代に入ってからでございます


江戸時代お風呂の区別がございます

戸棚風呂 下半身のみを浸かる

すえ風呂、水(すい)風呂 全身浸かる

呼び名が、別れていたのです


すみません 横道にそれました


風呂敷に戻します

ここまで話しますと、

風呂、平包(ひらつつみ)の関連

・・・お判りでございますね?


将軍足利義満がポイントです

室町の館に大湯殿を建てたのです

祝いに、大名を一緒に風呂に入れたのです

この時、

大名達は脱いだ自分の衣服が判るように

家紋入りの絹布に包みました

蒸風呂から揚がりますと、
持ってきた絹布の上で

身繕いをしたのです

これが始まりですかな?


この後は、大宴会でございます

大宴会を、風呂とも言うそうですよ


この蒸し風呂の中での宴会ですから、

敷くものが無いといけません

風呂で敷く布物

風呂敷 となったのです


江戸時代は、湯を張ったお風呂の時代です

風呂で敷いて衣服をしまう

また、お風呂に行く時の道具を入れる

⇒風呂敷包みとなりました

皆さん、区別が出来る様に、

家紋や、屋号を入れたのです


もしもし  コインロッカー ?

とんでもございません 

その様なものはございませぬぞ


しかし、この風呂が発展するにつけ

棚や、籠(かご)が用意され

使われなくなっていきます


風呂敷と言う名前でありながら

単なる 包むものとして、
広く活用されるのです


縁起の良い唐草風呂敷を

作っております 
とらんくすや。親父でございます