見入ってしまった名勝負といえば?

 

ジャンルを問わず、歴史に残る伝説の名勝負はいくつもあります。

 

 

多くのF1ファンの中で、今も尚「語り草」となっているのが、「50回記念のモナコグランプリ」。

開幕から連勝を続けていたウィリアムズ・ルノー FW14Bを駆るナイジェル・マンセル。

レース開始から他を圧倒する走りで、リードを広げていきました。

殆ど優勝が決まりかけたラスト数周で、ピットからの情報が…。

「ウィリアムズのピットでタイヤ交換の準備をしている」

「何かあったのか?」と思っていたら、「マンセルがピットイン」との事。

(タイヤの不調を感じてのピットインでした。<後で調べたら、ホイールの内側に削れた様な痕跡があったそうです。>)

ピットインからタイヤ交換までの作業は、特に問題が無かった訳ですが、その間に1位に躍り出たのが、マクラーレン・ホンダのアイルトン・セナ。

「モナコ・マイスター」と呼ばれる程、モナコのコースを熟知しているセナですが、マシンの戦闘力ではハイテク満載のウィリアムズには劣ってしまう…。

セナにとって頼みは「ホンダエンジンのパワーのみ」と言った状況。

それに、マンセルのマシンは「フレッシュタイヤ」であり、セナのマシンは「ユーズドタイヤ」…。

両者の間に他のマシンがあった時は良かったけど、「セナの後ろにマンセル」だと、本当に「テール・トゥ・ノーズ」な状況でした。

ただ、「狭いコース幅」が幸いしたのか、マンセルがセナのマシンを交わしたくても交わせない、抜くに抜けない状況が最後まで続きました。

結局、「セナの逃げ切りがち」で、マンセルの「モナコグランプリ初勝利」の夢は果たせませんでした。

ウィリアムズの開幕から続いていた連勝もストップ…。

お互いに死闘を繰り広げた2人でしたが、表彰式でのシャンパンファイトで、すっかり疲労困憊してしまったマンセルが座り込んでしまいました。

 

 

「F1 500回記念」の「オーストラリアグランプリ(アデレード市街地サーキット)」も、ピケとマンセルの名勝負が繰り広げられました。

セナやプロストは完全に脇役で、前のレース(日本グランプリ)で復活勝利を果たしたネルソン・ピケが、このレースでも気が付けば首位を独走。

(ベネトン B190<フォードHB V8>で「タイヤ無交換作戦」の戦略が奏功しました。)

ところが、ラスト数周で、コースアウト(?)によるタイムロスで、それまで築き上げたアドバンテージが帳消しに。

2位に着けていたマンセルのフェラーリ(641/2)がすぐ後ろに忍び寄り、「マンセルが追い抜くのも時間の問題か」と思われていました。

ところが、マンセルのフェラーリも「V12」なので「燃費」の問題があり、いくらマンセルが「行け行けドンドン」なタイプとは言え、やっぱりペースを上げたくても上げられなかったんでしょう。

燃費に有利なベネトンのピケは、「ハードタイヤ」で「あと少し、もうひと頑張り」の粘りの走りを見せ、勝負のファイナルラップ・ブラバムストレートのストレートエンドへ。

マンセルが勝負に出るも、冷静な走りでピケがそれを凌ぎ切り、そのままトップチェッカー。

(2台の間に入っていたステファノ・モデナ(ブラバム)を抜くタイミングで、先に抜いていたピケのマシンが、マンセルのマシンをアウトからズバっとコーナーのインにかぶせる形で首位を譲りませんでした。)

「ブレーキング勝負」とは良く言いますけどね。

 

 

なお、同じ「アデレード市街地サーキット」では、’89年「雨の中嶋」として今も語り継がれる伝説のレースもありました。

(土砂降りの雨の中、非力なロータス・ジャッドのマシンでファステストラップを叩き出し、4位入賞。)

また、’86年には、チャンピオンに王手を掛けていたウィリアムズ・ホンダのマンセルが、激走中のストレートで、まさかまさかの「タイヤバースト」に見舞われてしまうアクシデントもありました。

※今もサーキットは残っていますが、舞台が「メルボルン」へと移って以降、目印だった「競馬場」は別の場所に移転しました。

(公園が目印になっているのは変わりません。コースレイアウト(全長)は、F1当時のコースから短くなっています。)

 

’90年と言えば、この「オーストラリアグランプリ」の前に、ネルソン・ピケとロベルト・モレノが1-2フィニッシュを飾った「日本グランプリ(鈴鹿)」で、「セナプロによるスタート直後の接触」と言うアクシデントがありましたが、3位表彰台に立った鈴木亜久里(ラルース・ランボルギーニ)の激走も「名勝負」の一つとして挙げておきましょう。

ホームストレートで、アウト側から1コーナーへと向かう場面でのオーバーテイクシーンが印象的でした。

※同じく鈴鹿を熟知していた中嶋悟(ティレル・コスワース)も、鈴木亜久里同様、「アウトから抜き去るシーン」を見せ、6位入賞を果たしました。

 

 

 

 

セナが初タイトルを獲得した’88年、そしてその翌年’89年の鈴鹿(シケインでの接触があった、あのレース)も「名勝負」として語り継がれています。

 

 

「セナプロ対決」や「シューマッハー」など、近年のF1(と言っても結構経つなぁ…。)での名勝負はいくつもありますが、やはり印象的だったのは、「セナとマンセルのモナコグランプリ」が一番だと思います。

 

 

映画にもなった「名勝負」と言えば、ニキ・ラウダとジェームズ・ハントの争い(ライバル関係)も挙げられます。

(私自身、「スーパーカーブーム」は記憶にありますが、この頃のF1は、プラモで見て、知っていただけでした。)

この当時の「富士でのF1」は、リアルタイムでは見ていません。

ただ、この映画で、当時の2人を中心に繰り広げられたF1のグランプリシーンが、非常に良く描かれていました。

 

 

競馬ですと、丁度この時期だけ、競馬場に行ったりする事が多かったので、その時期に活躍していた「2頭の名馬」の対決が、今でも一番思い出されます。

他のレースかと思い込んでいましたが、「阪神大賞典」だったんですね。

それでも、「最後の直線の叩き合い」は、今も尚語り草となっています。

ナリタブライアンも強かったけど、マヤノトップガンも強かった!

 

「競馬」は、スタートしたかと思ったら、距離を走る間のほんの数分間で勝負が決まってしまいますからね。

 

 

野球や大相撲、オリンピック、近年ではラグビーも挙げられますが、それらと共に、サッカーでも、これまで幾多の名勝負が繰り広げられてきました。

 

 

シーズンオフのスポーツイベントがありますけど、近いところでは「サッカーのW杯・カタール大会」が楽しみですし、来季のJリーグも(気が早いですけど)今から楽しみです。

 

 

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