ビートルズで好きな曲は?
まず、参考までに…
| 曲名、英国での発売年 | 解説 | |
|---|---|---|
| 1位 | ジス・ボーイ(This Boy) 1963年 | イントロのストロークはジョンのギブソンJ-160E、ブリッジ寄りに弾く硬い音が最高。当時このような素晴らしいハーモニーで歌えるロックグループは皆無だっただけに熱狂したよ |
| 2位 | マザー・ネイチャーズ・サン(Mother Nature's Son) 68年 | 歌詞とメロディーの美しさが絶品。ポールのツーフィンガー奏法も泣けた。マーティンD-28は高根の花だった。僕らのギターであの音は出ず、憧れの曲でした |
| 3位 | アイ・ウィル(I will) 68年 | 完璧なメロディーを作り後から歌詞をつけるという手順はポールのお得意。ポールがスキャットでベース音を口まねし、おしゃれ。マーティンD-28の弾き語りでコード演奏だけで十分聴かせる |
| 4位 | シーズ・リーヴィング・ホーム(She's Leaving Home) 67年 | 新聞に載った家出少女の話がテーマ。親と若者の価値観のギャップが美しいメロディーで歌われる。家を出るときの少女の様子、両親の狼狽と描写力がピカ一 |
| 5位 | サムシング(Something) 69年 | ジョージの最高傑作。妻パティのことを歌ったもので、レイ・チャールズが歌っているのを想像して書いたという。この曲と「ヒア・カムズ・ザ・サン」でジョージはジョンやポールと肩を並べる評価を得るようになった |
| 6位 | ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット(Do You Want To Know A Secret) 63年 | ディズニー「白雪姫」の挿入歌「私の願い」をイメージしてジョンが作ったが、完成すると歌はジョージにふさわしいと譲った。ポールが自由に弾きまくるベースは最高だよ |
| 7位 | ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア(Here,There And Everywhere)66年 | 恋人との永遠の愛を歌ったポールのラブソング。録音時、テープスピードを落とし、再生するときには回転を早めて、女性的な声の響きを作り上げた |
| 8位 | イン・マイ・ライフ(In My Life)65年 | ジョンとポールが故郷リバプールを思いながら書いた。昔からよく知っていた場所や友人を回想する詞。落ち着いたギターサウンドに。しかし、ジョンとポールがどの部分を作ったか、それぞれの意見が食い違う |
| 9位 | アイル・フォロー・ザ・サン(I'll Follow The Sun) 64年 | ポールが10代のころ、風邪で寝込んだある日、ギターを持って居間に立ち、レースのカーテン越しに窓の外を眺めて作ったらしい。その感性たるや……。演奏すると難しい曲だ |
| 10位 | ビコーズ(Because) 69年 | ベートーベンの「月光」ソナタをヒントにジョンが作った。コーラスを効果的にするためジョン、ポール、ジョージが3声を重ねて9声にするアイデアが生まれた |
ん~、成る程ね。
私自身、先日発売されたこのCDを入手した訳ですが、このアルバム、と言うよりも、このCD(2枚組)の中にも収録されている曲で、「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」が前から大好きな曲でした。
しかしながら、ビートルズの曲って、「1曲だけ選ぶ」のは、非常に難しい選択です。
前にも、「ビートルズのリクエスト特番」がラジオで放送された際にも、その辺の気持ちを、メッセージとして番組に寄せた事がありました。
また、この「サージェント・ペパーズ」のアルバム(オリジナル)の中では、「グッド・モーニング・グッド・モーニング」が好きかなぁ…と思いました。
「ビートルズが来日した日」だから、「ビートルズ記念日」と言う訳なんですね。
あれから「51年」。
ただ、私自身、その当時はまだ生まれてもいませんでした。
ビートルズと出会うきっかけとなったのが、「ジョン・レノンの死」でした。
時差の関係上、大々的に報じられたのは、「私の10歳の誕生日の翌日」でした。
朝からそのニュースで持ちきりだったのを、今でも良く憶えています。
その後、偶然にも、親友が、ビートルズを中心に、いろんな洋楽を聴いていた事もあり、私も、ビートルズのサウンドをきっかけ(入り口)として、いろんな洋楽と出会いました。
今も、好きな音楽の中心にあるのは、他でも無い「ビートルズ」です。
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