お正月に、ふと何気なく見ていたのが、「スカパー!」の無料放送の期間中に録画した「青盤」の収録曲に関するドキュメンタリー(?)番組でした。

「ゲット・バック・セッション」の最中、「曲のレコーディング」とは関係ない時(ちょっとした打ち合わせ?)に、ポールがジョージの演奏にいろいろと「注文(細かい指示)」を付けたんです。

「ここん所は、こんな感じでやってくれないか。」とか何とか言う感じで、事細か(?)に(ゴチャゴチャと)言うもんだから、そんなポールに対して、ジョージは頭に来ちゃったんでしょうね。
「オレのやりたい様にやらせてくれよ。そうじゃなければ、オレ、(お前のためなんかにわざわざ)弾いてやんねぇ~よ!」
と、ジョージらしからぬ言葉を口にしていました。

ジョージにしてみれば、「自分の演奏についてとやかく言われる事は、自分自身、自分の存在そのものを否定される様で、正に『プライドを傷付けられた』も同然」だったんでしょうね。

「今まで何度と無く我慢して来たけど、今度と言う今度は、オレも我慢出来ねぇ!(冗談じゃ無ぇ~やぃっ!)」

と、その時を境に、「ポールと絶縁状態」になっちゃったんでしょうね。

まぁ、「何でもかんでも仕切りたがるポールのやり方」に嫌気が差したんでしょう。

残された「アビイ・ロード」のセッションだけは、「最後なんだから」と言う事で、「置き土産」に「サムシング」と「ヒア・カムズ・ザ・サン」の「傑作」を残しました。

ビートルズ解散後、ジョージは、ジョンやリンゴとは親交を続けた一方で、ポールとは交わる機会を殆ど持ちませんでした。

「アンチ・ポール」とでも言うべきでしょうか。

「判るなぁ~、その気持ち。」

共感出来る所はあると思います。

まぁ、ポールも「万人受けする辺りが上手い」とは思いますけどね。

それでも、「ポールの持っていないもの」を、ジョージやジョン、そして、リンゴも持っていると思います。

ポールが「マルチ」に目覚めたきっかけは「ホワイト・アルバム」だったと思います。
でも、例えば、リンゴの代わりにドラムを叩いたところで、「ポールはリンゴにゃかなわない(リンゴの足元にも及ばない)」と思いました。
それでも、当のポール本人は、「オレにもやれば(それなりに)出来る!」と、錯覚してしまったんでしょうね。

リンゴが(ジョージ同様に)鼻曲げちゃった(すねちゃった)のも、ひょっとすると、ポールに原因があったんじゃないかと…。

「みんなオレが悪いから、その分、自分で何とかするよ。(オーバーダビングすれば何とかなるし…。)」

そのうち、

「オレ一人でも、ビートルズの(様な)曲はいくらでも書ける(作れる)。」
そんな感じで、ポールは「勘違い」しちゃったんじゃないかなぁ…。

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