大津の「いじめ自殺事件」に関して、連日放送されていますが、「教育の現場」における「古い体質」は今でも生き続けており、その「教育の現場」を統括している「教育委員会」の体質、強いては「文部科学省(旧 文部省)」の体質も、昔と変わっていないと思います。

「いじめ」と言う事実があっても、結局は「臭い物にはふた」と言う奴で、その事実を隠蔽したがる。

ばれたら、給料の査定にに響くし、面倒な事は嫌だし…。

そこへ持ってきて、加害者の親は「ウチ」の子に限って(いじめなどするはずがない)」と思っている人が多い。

でも、加害者の親がいじめをけしかけている場合も十分に考えられます。

どいつもこいつも、都合の良い事しか言わず、「臭い物にはフタ」な風潮が、昔っから延々と続いている訳で、時代の変化に連れて、いじめの質が変化しているのも事実です。

警察が動いた今でも、「大津の件」は「氷山のほんの一角にすぎない」と思います。

警察が動いてやっと、自分たちの犯した罪の大きさに気付かされる、と言うか、事の重大さを認めた場合もあれば、「バレなきゃ良い(黙ってりゃ良い)」と思っている奴もいる。

また「そんな昔の話、もう時効だろ?」と思ってる奴もいる。

私を含めて、過去に「いじめを受けた人の人権」って一体…。


いじめを受けている頃、「お前に人権なんてある訳ないだろう(お前なんて人間じゃない)。」なんて言われた事もありました。

いじめに、男も女も関係ありませんでしたし、いじめによるストレスなどが原因で「アトピー」になった後も、時を同じくしてニュースでピックアップされる様になった「エイズ」にわざと間違われ、特に異性からは「気持ち悪い。」だの「近寄るな。」だの「触るな。」だの、いろんな事を言われ、言葉の暴力を受けました。

「恐喝」?
そう言えば、そんな事もありましたね…。

万引きさせられなかっただけ、まだマシでしたけど…。