薩摩藩の武士は「薩摩弁」、土佐藩の武士は「土佐弁」を使いますが、長州藩の武士が「長州弁(?)」で話しているのを聞いた事が無いのは私だけ?

殆どの場合、「標準語」でのセリフですが、その理由は?
考えてみれば、桂小五郎も、高杉晋作も、「標準語」でのセリフしか記憶にありません。
「長州弁」と言う方言自体存在しないのか、それとも、他の藩の武士とコミュニケーションをとる際に、「長州弁」だと「不都合」が生じる可能性があったから?
例えば、「長州弁を使うと、長州人と気付かれる危険性があった」とか…。
他の藩を敵に回した時期がありましたからね…。

それとも、ただ単に「難解(理解不能)な方言」だったとか?ww

その逆に、「正しい日本語(標準語)」を広める際「長州」出身の志士が中心になったとか。
でも、中国地方の方言も、結構特徴的な感じはするんだけど…。

勝海舟の「江戸弁」を考えると、「江戸弁」がソックリそのまま「標準語」になったと言う考え方は「?」な訳で…。

「正しい日本語(標準語)」の起源は何処なんでしょうね?