【土・日曜日に書く】論説委員・石川水穂 変わらぬ韓国紙の嫌日史観 | 未来への希望

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◆菅首相談話の効果?
 日韓併合条約の発効から100年の先月29日、韓国ではソウル市の公園や日本大使館前などで日本に謝罪を求める集会が開かれた以外、目立った動きはなかった。韓国に過度に配慮した菅直人首相談話の効果からか、反日ムードが下火になっているように見える。
 しかし、韓国紙の論調は相変わらずの“嫌日史観”だ。
 「異民族による統治に自らの生命や財産、さらには領土を奪われ、自由に息もできずにつらい日々を送ることを強いられ、さらには民族の言葉、歴史、あるいは自分のアイデンティティーを示す姓や名前まで奪われた」(8月28日付朝鮮日報社説「併合から100年、改めて激動の東アジアに立つ(上)」)
 仙谷由人官房長官も菅談話に先立つ8月4日の会見で、「植民地支配の過酷さは言葉を奪い、文化を奪い、韓国の方々に言わせれば土地を奪うという実態もあった」と述べている。
 あえて言うまでもないが、これらの見方は一方的なものだ。
 例えば、韓国紙が「姓や名前まで奪われた」とする「創氏改名」は強制的なものではなかった。
 創氏改名は昭和15(1940)年から施行された制度だ。「内鮮一体」のスローガンの下、朝鮮人を日本人と対等にするため、従来あった朝鮮式の姓を残しながら、日本式の氏をつくってもよいという届け出制だった。
 朝鮮総督府の南次郎総督も「強制してはならない」と再三、訓令を出している。結果的に80%が創氏し、これに合わせて名前も日本式に変えたのが「改名」だ。
 創氏改名した人とそうしなかった人の差別はなかった。マニラのBC級戦犯裁判で処刑された「洪思翊」という朝鮮の軍人は朝鮮式の姓名を通したが、陸軍中将にまで上りつめている。
 言葉についても、学校では日本語を使うよう指導されたが、家庭や市場、鉄道などでは、朝鮮語が一般的に使われていた。「言葉を奪い」は不正確な表現だ。
 ◆通用せぬ締結時無効論
 韓国紙は依然、日韓併合条約が当初から無効だったとする主張を繰り返している。
 「100年前の韓日併合条約が当初から無効だったという歴史的事実は明白だ」「にもかかわらず、日本は併合条約に対して、『当時は有効だったが、1948(昭和23)年に大韓民国政府が樹立して無効になった』という立場を固守している。日本政府は早く併合条約が当初から無効だったということを認めなければならない」(8月28日付東亜日報社説「100年前に国を奪われた教訓が生きているのか」)
 「併合条約が締結時から無効」とまで言わなかった菅談話は「まだ不十分だ」というわけだ。
 しかし、2001年に米国で開かれた国際学術会議で、欧米の国際法学者らは次のように指摘し、韓国の学者の見解を批判した。
 「自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の観点からその国を取り込むということは当時よくあったことだ。日韓併合条約は国際法上は不法ではなかった」「強制されたから不法という議論は第一次世界大戦(1914~18年)以降のもので、当時は問題にならない」
 米国の女性歴史家、ヘレン・ミアーズ氏も著書「アメリカの鏡・日本」で、「日本が韓国を併合したのは、新皇帝(純宗)が請願したからだった。…列強の帝国建設はほとんどの場合、日本の韓国併合ほど合法的手続きを踏んでいなかった」と書いている。
 韓国紙の主張は韓国で通用しても、世界では通用しない。
 また、韓国紙は慰安婦問題などで日本がさらに誠意ある姿勢を示すことを求めている。
 菅談話が韓国の人たちの気持ちを和らげるどころか、新たな謝罪と補償要求を招きかねない危険性をはらんでいるともいえる。
 ◆小沢氏の外交も問題
 民主党代表選は、その菅首相と小沢一郎前幹事長の2人で争われることになった。韓国への配慮という点では、小沢氏も同じだ。
 小沢氏は昨年暮れ、ソウル市内の大学の講演で、「現代史の中で不幸な時代があった。日本国、日本国民として謝罪しなければならない」と述べた。さらに、ソウル市内のホテルでの会見で、天皇陛下のご訪韓について「韓国の皆さんが受け入れ、歓迎してくださるなら結構なことだ」と語った。
 日本はこれまで、天皇ご訪韓が過去の歴史問題に政治利用されることへの懸念などから、「環境が整わない」として断ってきた。こうした経緯を無視した小沢氏の軽率なリップサービスだった。
 どちらが日本のリーダーになっても、近隣外交は要注意だ