ふっと過去の記憶が蘇ってきて、嫌な思いにかられる時があるかと思います。もう忘れたかな、と思う頃に、無遠慮に登場してくる嫌な記憶。打ち消したい、忘れたい、封印したい、という嫌な記憶というものに限って、いつまでも忘れられなく、その記憶に支配され翻弄されてしまうのは、よくある話かと思います。その記憶一つで、その後の人生全てが影響されてしまっている、変わり果ててしまった、という人もいることでしょう。


嫌な記憶とは、過去の自分の苦い経験ですが、その過去は変えられないのでしょうか?


過去の苦い経験、苦い事実自体は当然変えることはできませんし、消去することもできません。しかし、その苦い事実に対しての心の捉え方は、どのタイミングにおいても変えることは可能です。人は、その苦い事実を経験した時の感情や心での捉え方に依存されてしまう傾向にあるので、なかなか変えられなく、苦しんでしまうことがよくあります。ただ変える、と言っても、自分の都合のいいようにデタラメに変えたり、ねじ曲げたりすることでは、苦しみから逃れるという意味では、なんら意味を持ちませんので、正しい変え方を知ることが大切です。


過去の苦い事実に対しての心の捉え方をどう変えたらいいのでしょうか。この苦い事実に苦しんでいる人の大半は、恐らく、この事実から逃避しているか、この事実を他人のせい、環境のせい、社会のせい等にしているか、自分の責任ではないとしているか、周囲の人達と比較し自分は情けない存在であると自ら責め立てているのか、のいづれではないかと思います。これらは、全て事実に対して真摯に向き合うことを拒否しているものであり、事実を事実として認めていないという事です。まず、事実を事実として受け止め、そして受け入れ、その苦い事実の原因は自分にある、つまり自分の責任する、ことが必要です。


事実に対して真摯に向き合い、自分の責任である、という事を受け入れ、しっかり認識できれば、過去の苦い事実に対しても、捉え方が変化していきます。他人のせい、環境のせい、親のせい、等々、その苦い事実の原因を他に求めていた時は、「恨みの心」が支配的で苦しんでいましたが、一旦自分のせいである、と潔く全てを引き受けてしまえば、恨みや呪いといった悪々しい心は確実に軽減されていき楽になるはずです。


「な~んだ、あのことは自分のせいであったのか。色々な人のせいにしていたけど、馬鹿であったなぁ。恨んで恨んで苦しんでいたなんて、なんて愚かだったのだろう。事実から逃避して、苦しんでいたなんて、勇気がなかっただけだったんだなぁ。」


過去の苦い経験も心での捉え方が変われば、それほど大したものではなくなります。つまり、心の捉え方として、不条理ではなく、条理に捉え直せば、言い換えれば、他人のせいではなく、自分のせいとするならば、過去は変えられる、という事になります。


トラウマがある、とか、フラッシュバックに悩まされる、とか、現代社会ではよく聴かれる話ですが、根本的に、ものの捉え方の間違いから起因している場合が大半である、と言ってもいいかもしれません。


人は、事実に対して真摯に向き合い、反省し、自分の責任とする、という行為を極力嫌い、避け、愚かにも周囲を恨んで生きています。逃げて逃げて逃げまくり、自分で作った虚偽の捉え方で苦しみ、一生を「恨みの人生」で終えていく、これが愚かな人間の生き様そのものと言ってもいいかもしれません。


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