人は、生まれる前から神様から授かった「聖さ」があります。 | ルーク4のブログ

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神様がクリスチャンに与える愛、夢、希望、信仰の証を中心に書いています。

寅さんが日本国民に愛された理由は「善良な資質」と「聖さ」もあるからです。
アップした動画には、寅さんは地方から出て来た知恵遅れの花子を悪い道の場所から助けて、正しい道へと導きます。

花子のことを心配するラーメン屋のオヤジとおまわりさんと協力し合います。時間とお金を犠牲にして助け、正しい道へと導きました。

助けた後で「大変な労苦だった、時間と金を損した」などと思いません。ただ花子が正しい道へ導かれて幸せになってくれたら嬉しい(*´∀`*)それが寅さんとおまわりさんの喜びです。

聖書の教える隣人愛もこのような喜びです。
ある律法学者がイエスに言った「私の隣人とは誰のことですか?」
イエスは言われた「ある人が強盗に襲われて半殺しにされた。来合せたあるサマリヤ人が彼を見て可哀想に思い、手当をして宿屋に連れて行き、宿屋の主人に費用のお金(2デナリ)を渡して「介抱してあげてください」と言った。(この良きサマリヤ人)と同じようにしなさい。ルカ10章25~37節

また寅さんは旅先でマドンナと出会い、一目惚れして親切を尽くします。しかし宿で二人っきりになり、いい雰囲気になれば「自制」が働いて、その場を去ります。
マドンナは淋しい心を満たして欲しい。慰めの言葉と愛に飢え乾いています。

しかし寅さんは「いい女は大事にしたいな~それが愛だろう!この女の幸せの為ならオレはどうなってもいい、オレは死んじゃってもいいと思う!それが愛ってもんだ!」という聖いポリシーを持っているのです。

妹さくらの子供が成人になって言います「おじさんはね、高い崖の上に咲いている花のように手の届かない女の人に夢中になる。その人がおじさんを好きになると慌てて逃げ出すんだよ。今まで何度もそんな事があって、その度に俺のおふくろ泣いていたよ「バカなお兄ちゃん」って。

つまりさ、綺麗な花が咲いているとするだろう。その花をそっとしておきたいなぁと思う気持ちと、奪い取ってしまいたい!という気持ちが男にはあるんだよ。おじさんはそっとしておきたい気持ちが強いんだよ」

神様が人に授けられた「聖さ」も努力したり、無理はしません。聖さが罪性に勝るのです。
奪い取る罪性が、神様の御霊がによって、大切にしたいように変えられるのです。

神の観点から見ると、人はアダムの罪によって「罪の呪い」のもとにあります。
イエスキリストの御名と血潮によって、その罪から解放されました。

寅さんは、この女性を幸せにするのは「オレには出来ない」という悟りもありましたから逃げ出しました。そして、その女性を本当に幸せに出来る恋敵を陰で支援して協力するのです。

この事はクリスチャンも見習うべきだと思います。自分が可哀想な苦しんでいる人を介抱して助けるんだ!とみだりに干渉して、とことん慰め励ます信仰者もいますが、良きサマリヤ人は宿屋の主人に任せて去って行ったように、イエス様に導いて任せなければ神様の栄光が現されないでしょう。

バプテスマのヨハネが「あの方(イエス様)は盛んになり、私は衰えなければなりません」ヨハネ3章30節の信仰が大切です。

自分の熱心な努力や優しさ、介抱によって「自分が感謝され、称賛を受ける」ように導くと、後でトラブルになります。そういうトラブルをたくさん見聞きしました。

イエスキリストを信じると救われます。生まれる前から授かっている善良な資質と聖さは豊かにされます。その良き知らせ(福音)を伝えています。

「すなわち神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました」エペソ1章4節