つばめグリル(品川駅前店)いってきました。


期待以上においしかったです。

ちょっと緊張したけど。


今週は火~金でハンバーグ3回食べました。


以上

ハンバーグ食べてきました。

午後4時ごろから無性に食べたくなって、2時間近く検索エンジンと格闘した結果、自宅からほどない距離の普通の洋食やさんを発見し、とにかく行ってみました。

スープとライスとコーヒーとなんと海老フライがついて1680円(税込み)でしたので、まあ良心的かな、と。


でもやっぱり食べ物屋さん情報とかに関して、インターネットはまだまだだな、と思います。現地をふらふらしてた方がたくさん心惹かれるお店が見つかりますしね。

最近、「ローカル」「地域」みたいな機能を増やす検索サイトがやたらと増えてきた(というか、大手が本格的にやりだした)ようですが、やっぱりこのへんはブログの普及と関係あるんだと思います。

食べ物って何かと題材にしやすいし、「この店知ってる」みたいなのってほんのり嬉しいし。

堀江さんのブログもとにかく、食い物ばっかり載ってたしね。


あんまり、食にはこだわりない方だと思いますが、ちょこちょこと綴っていくことにします。

有名店ですが、今度はこのあたりに行ってみようと思います。

http://www.steakbm.com/shop/ooi/

http://www.tsubame-grill.co.jp/store/index.html


(いったんサボりだすと、とことん間があいてしまう。。。)

「給料もらってんだから、仕事しろよーーー」ってことなんですけど、

値動きするからおもしろいはずなんだけどね。

すでにおもちゃみたいになってるし、何が起きてるかもよくわからないし(というか興味がない)、

そもそも、最初に答えられないっていってることをずっと聞いてくること自体がちょっとね。

他のとこだと、ポロっとしゃっべっちゃたりするんだろうから、くだらん手管をつかうんだろうな。


あー、ちゃんとした人たち相手に仕事したい

小さな狼狽も大きな憶測を呼ぶ。


当面仕方ないか

いつ、どういうところで、こういう考え方を非難されるかはわかりませんが、

N経新聞の論調が他の一般紙と一緒なのは、納得がいきません。


騙された方が悪い、というのがポイントだとおもうんですが、私は。


経験論ですけど、N経新聞を読んでる人って、経営者層かそれらと接する機会が多い人、または株取引関連の人、っていうことでいいんじゃないですか?

電機・自動車メーカーの普通の社員は、存在は知ってても日常的に読んじゃいないわけだから、あえて世の中の論調に同調するのは、明らかに偉い人たちの思惑(浦)があると思ってしまいます。


もっと何かを生み出す形を望みます、明日からね。

1、今、入場した人は、いやでもプラス。

2、今、退場できてない人は基本的にマイナス。

3、ポジションを持たない仲介業の方々(「資産100年」とかいってる業種)は、基本的にプラス。


発行済み株数が1億株であれば、100円のものを101円で買った人がたった一人いるだけで(たった101円の資金が市場に流れ込み、101円の資金が市場から流出したということ:差し引きプラスマイナスゼロ)、1億円の「含み益」なる満足感を既存株主は得ることができる。

当たり前のことですが、発行体の立場になってやっと本質的に理解できました。

前職は、冒頭3の流れを汲む会社にいたとはいえ、それなりにポジションを持つ恐ろしさを嫌というほど、感じていたつもりなのですが、見方・感じ方に多面性がなかったなぁ、と。。。

環境・大きな流れへの慣れって恐ろしいと思うこのごろです。



今日も飲んでません。

3日飲まないなんて、10代の頃以来かも。。。

平日ですが、今日は酒飲みません。

ビールもウィスキーも飲みません。


ちゃんと寝れるかな

30分限定で走っていったんですけど、

中目黒までたどり着けませんでした。。。

立体交差は見えてたんだけど、ちょっと目算を誤りました。

ちなみに出発地点は、第一京浜との交差点です。


半年前から体重が10kg増えてますから、やっぱしんどいみたいです。

むちゃくちゃ寒かったしね。

脂肪がついたせいだと思うんですが、最近汗をかくと皮膚の一枚下のあたりがかゆくなります。

特におかしいわけではないとおもうんですが、早く適度にやせたいな、と思うこのごろです。


<余談>

帰りは、結構歩いたんだけど、32分くらいで帰ってきてしまいました。

ちょっと謎です。

限られた放送時間をヤリクリされてるみたいですね。


こういうときにいつも思うのは、

・同じ穴のムジナ

・正義は存在するのか

・顔がひきつってる奴(キャスター)のコメントだけしか、平時に耳に入らなくなる



決して人を疑っているわけではありません。組織と集団の論理には気をつけろ、と本能が抵抗しているわけです。