子供の出産後

「実家でのトラウマを思い出してつらい…」

 

愛着障害、パーソナリティ障害のある両親のもとで育った私

 

●父→DV・モラハラ・ASD(尊大型)

   自己愛性パーソナリティ障害

   愛着障害:不安・未解決型

   

 

●母→躁鬱病・カサンドラ症候群

   依存性パーソナリティ障害(幼児型)

   愛着障害:回避・未解決型

 

生きづらさ、思考・認知のゆがみ毒親育ち・機能不全家庭での

トラウマが原因だった

 

~自分自身の人生を生きるために、自分の感情を開放する~

 

【親の呪縛解消 × 

ジャーナリング・ノート内観術】

 

 

 

 

お疲れ様です飛び出すハート

 

 


最近、出産後の話を

書いていたので今日は

「産後に私の心でおきたこと」

について書きます

 

 

 

自分にとっての安全基地のような

「心に寄り添って

 くれるお母さん」

 

 

いない方に向けて書きます

 

 

 

私の母は亡くなっていますが

生きていても、多分

「心に寄り添ってくれないお母さん」

(寄り添う事ができないの方が正しいかも)

 

 

 

お母さんが、生きているか

亡くなっているかは無関係です

お母さんに対する「未処理の想い」

がある方の参考になったら幸いです

 

 

 

●身近にお母さんがいない

 (死別、離別)

 

 

●お母さんに、甘えたり頼れなかった

 (今も出来ない、または、

 そうしない方が良いと自分で判断した)

 

 

 

私は、出産後に「お母さん」が欲しくなりました 

 

 

 

私の母は、私が27歳の時に

亡くなっています、自殺でした

 

 

 

私が高校入学時に

両親が離婚してから

父子家庭でした

 

 

 

 

 

 

母は躁うつ病だった事もあり

元々、家にいてもいなくて

「頼れないお母さん」でした

 

 

 

私は高校生から

自分で日常生活(家事)

を、どうにかしてきました

 

 

 

※父は、自分で家事が出来るけど

家父長制の考えが強く

家に女性(子供)がいると

家事をやりません

 

 

 

5歳年下の妹もいるので

私が「お母さんの役割」

をしていた時期もあります

 

 

 

「お母さんがいなくても大丈夫」

なように、生活してきたのに

 

 

 

その経験と記憶があることで

私は出産後に

余計に悲しくなりました

 

 

 

 

 

 

私は出産後に

精神的に弱ってしまい

「疑似お母さん」を求めました

 

 

 

赤ちゃんのお世話をしながら

自分が「赤ちゃん返り」して

お母さんが欲しくなりました

 

 

 


 

 

私は、本当はずっと
「頼れるお母さん」
が欲しかったのです

 

 

 

私が「疑似お母さん」を求めた相手

 

 

①産後ヘルパーさん

 

②認知症の義母

 

 

今日は①産後ヘルパーさん

について書いていきます

 

 

産後に、ヘルパーさんに家事を

お願いした記事はこちらです

 

 

 

 

 

産後ヘルパーのSさん 

 

 

 

第一子(娘)の時の

ヘルパーさんはSさん

(60代女性)

 

 

 

義両親との完全同居前でした

 

 

 

Sさんは家に来るたびに

「ママは赤ちゃんと休んでいてね」

と、言ってくれたり

 

 

 

 

 

 

「夜に寝れてるの?」と

私の体調を心配してくれました

 

 

 

これが、私にとって

本当に嬉しかったです(涙)

 

 

 

Sさんが私のお母さん

だったらいいのにな…

と思いました

 

 

 

産後ヘルパーのAさん 

 

 

 

第二子(息子)の時の

ヘルパーさんはAさん

(60代女性)

 

 

 

義両親と完全同居後だったので

 

 

 

Aさんから、義両親にも

赤ちゃんの面倒を

みてもらえる環境が

 

 

 

いかに他のママと

比べて楽かを言われ

 

 

 

だんだんとAさんと話すと

精神的に疲れてしまいました

 

 

 

 

 

 

なので、Aさんには

「疑似お母さん」を

求めませんでしたが

勝手に傷つきました

 

 

 

「はい、私は自分でもっと

頑張らないといけないですね…」

という気持ちになりました

 

 

 

産後に、自分の心に気が付いた 

 

 

 

私が「産後の心」

寄り添ってくれる

「お母さん」を求めたのは

 

 

 

私が、子供の時に

お母さんに思うように

甘えられずに

我慢した結果だと思います

 

 

 

私が「お母さんに頼れなかった」

のは事実で、子供の時のことは

もう変えられないけど

 

 

 

私は、自分の気持ちを

認めていなかったから苦しかった

 

 

 

「私はお母さんが

 いなくても平気だ」

 

 

 

と思って(思うしかなくて)

意地をはって、すねながら

頑張ってきたんだよね

 

 

 

 

 

 

でも、だんだんと

分かってきたのが

 

 

 

『私って本当は

もっとお母さんに

頼りたかったんだ』

という自分の本音

 

 


今は、子育てを通して

私自身がお母さんに

言ってほしかった言葉を

(ねぎらい、はげまし等)
子供と自分にかけています

 

 

 

子供への声がけは出来るのに

自分に【あたたかい言葉】

をかけるのは、難しかったです

でも、少しずつ慣れてきました



まずは、自分の中にある

 

『私だって本当は

もっとお母さんに

甘えたかったよね

頼りたかったよね』

 

という【自分の気持ち】

を認めてあげよう

 

 

 

応援しています飛び出すハート