子供の出産後

「実家でのトラウマを思い出してつらい…」

 

愛着障害、パーソナリティ障害のある両親のもとで育った私

 

●父→DV・モラハラ・ASD(尊大型)

   自己愛性パーソナリティ障害

   愛着障害:不安、未解決型

  

 

●母→躁鬱病・カサンドラ症候群

   依存性パーソナリティ障害(幼児型)

   愛着障害:回避、未解決型

 

 

生きづらさ、思考・認知のゆがみ毒親育ち・機能不全家庭での

トラウマが原因だった

 

~自分自身の人生を生きるために、自分の感情を開放する~

 

【親の呪縛解消 × 

ジャーナリング・ノート内観術】

 

 

 

 

お疲れ様です飛び出すハート

 

 

 

秋が好きなので

今年は何をして楽しもうかな?

と考えています

 

 

 

今、楽しみにしているのは

好きなケーキ屋さんの

期間限定の「モンブラン」

 

 

 

今年は何回食べられるかな?

と楽しみにしています

5回は食べたいですキラキラ

 

 

 

死ぬまでに、あと何回食べられるかな

と考えるくらい美味しいです(笑)

 

 

 

 

 

 

昨日の続きを書きます

 

 

 

いつも長文になってしまうので

はじめに結論を書きます

 

 

私の両親が、子供をねぎらわなかった理由は

 

①私の親は子供を思いやれない

 

②ねぎらうと親に不都合があったから

 

③子供が家事するのは当然

 

 

 

 

その結果、私は

「自分自身をねぎらうこと」が

出来なくなりました

 

 

 

 

子供が家事をしてもねぎらわないのは、親が不都合にならないため? 

 

 

 

私が主に家事を担ったのは

両親離婚後の15歳からだった

20歳位からは5歳年下の妹と

一緒に家事をしていた

 

 

 

母が家に戻ってきて

ひきこもりをしていたのは

私が18~20歳

妹は13~15歳の時期

 

 

 

妹がいてくれたから

私は心が折れそうになっても

実家で耐えられました

 

 

 

 

 

 

私が(妹も)家事をしていること

に対して、父からも母からも

「ねぎらわれたこと」は

ほとんどありません

 

 

 

私が家事をしていることは

父や母にとって「当然」

 

 

 

今になって考えると

私をねぎらうと

「不都合」が生じるし

ねぎらえなかったんだと思う

 

 

 

家事をしている私を

ねぎらうと生じる

「親の不都合」

 

 

 

その不都合とは

 

 

●「親が親としての

 責任を果たすこと」

 

 

●子供が子供として

 生活できる環境にすること

 

 

 

私の両親は「病気」になったことで

親の責任や家事することを

回避したかったのかもしれない

 

 

 

自分達は病気だし

家事は、身体が健康な子供である

私と妹がして当然だ

ってことにしたんだと思う

 

 

 

 

 

 

私をねぎらってしまうと、私から

「あれ?本当は家事って

 親がやるもんだよね??」

と言われたら困ると思ったのかな…

 

 

 

でも、病気の親に

「家事をさせて申し訳ない」

って言われたり、感謝されたら

多少は私の感情も違ったと思います

 

 

 

病気の親に対して

「だって、病気なんだし仕方ないよ」

と少しは思えたと思います

 

 

 

両親がねぎらってくれたら

父がこだわりを

押し付けないでくれたら…

 

 

 

改めて考えると

ねぎらいって

「思いやり」ですね

 

 

 

 

 

 

父も母も自己中心性の強い人なので

子供に思いやりを持てなかったんだな

 

 

 

だから、私をねぎらうことも

出来なかったんだなと思います

 

 

 

父の言葉で、私は自分をねぎらう事を禁止した 

 

 

 

父は、私にこう言いました

 

 

 

オレンジ色で書いた部分は

当時、私が感じていたことです

 

 

 

●「昔の人はもっと大変

  だったんだ

  今は楽なもんだ」

 

 →父は「今は、川で洗濯したり

 水汲みから始めなくて楽だろ」

 と言っていました

 

 それを考えたら「大変」

 なんて言えませんでした

 

 父は川で洗濯してないけど

 井戸で水汲みはしてたらしい

 

 

 

 

 

 

 

●「うちは普通の家

  とは違うんだ」

  

 →機能不全家庭なので我慢しろ

 って事なのか分かりませんが
 普通の家にしてよと思いました

 

 

 

●「世の中には

 もっと大変な人が

 沢山いるんだ」

 

 →本当にそうだなって思います

 両親がいる、親がいるだけでも

 ありがたいんだと思っていました

 

 

 

●「お父さんなんか

 いつ死ぬか分からないけど

 お前たちのために

 頑張って働いてるんだ」

 

 →申し訳ない気持ちになりました

 私は働いていない学生だし

 家事しないといけないんだと思いました

 

 しかも、父が癌になったのは私のせいだ

 と父から責任転嫁され

 私は罪悪感を感じていたので

 本当に申し訳ない気持ちでした

 

 

 

 

 

 

お手伝いはもちろん大事です!!

家事能力は生きていく上で大事

 

 

 

でも家事を担って

何が大変だったかっていうと

父のこだわりを

押し付けられるのが大変でした

 

 

 

そう、大変だったんです

でも、当時は「大変」って

言えませんでした

 

 

 

 

 

 

もし自分で「大変」って

思ってしまったら

実家で耐えられなかったと思います

 

 

 

それで私は

 

「私なんか

 全然、大変じゃない」

 

「もっと大変な人が

 世の中には沢山いる」

 

 

そう思って

自分をねぎらうこと

を禁止しました