2016年に緊張病型統合失調症を発病。2019年11月に転院し、現在4回目の入院治療を受けている息子ジェイ。栄養療法や、母が運営する民泊ゲストの外国人たちとジェイとの日常、もう一つの仕事の障害者支援から見る本当に必要な支援、精神科医療についてなどを綴っています。
以外と知られてない光触媒による、抗ウイルス、抗菌加工製品。信州セラミックスは長野県の木曽にある小さなベンチャーですがすごい特許持ってる会社。ーーー信州セラミックスホームページよりーーーアースプラスTMは、信州セラミックスが開発したセラミックスの複合機能材料です。(酸化チタン、ハイドロキシアパタイト、銀 [メタル])食品添加物に認可されている成分で構成され、細菌・ウイルス・アレルゲン・臭い(細菌由来)等のタンパク質を吸着分解する技術です。その効果は、医学系英文誌で発表され、国際的に高い評価を受けています。10数年前直接社長から話を聞いてその研究者魂に感動したのを覚えている。院内感染予防に全国3000医療機関や福祉施設のカーテンや白衣、病衣、シーツ、タオル、住宅建材などに導入されていて、もう10年以上前に、ANAなどの航空会社などにも導入されている。一般では、光触媒加工タオルや赤ちゃん本舗なんかで哺乳瓶用のカプセルというのがあって私も使っていた。光があれば(確か)半永久的に使えるから今は災害用のペットボトルの水に入れてある。同社のマスク(光触媒加工)も空気清浄機も売り切れ。医療用のアースプラスハンドローションはお手頃価格でまだ買える様子。アルコール消毒より持続性がありそうなので購入。(その効果は私が保証するものではありません。各自ご確認下さい) アースプラスハンドローション SHL300B(300ML) 皮膚保護用品 スキンケアローション 2,827円 Amazon ウィルス予防効果のないマスクを増産するより、アースプラスの光触媒加工マスクを増やした方がいいと思う。ウィルス受託試験をこの会社に国が依頼してみたらいいのになぁ。ーーー信州セラミックスホームページよりーーー当社ウィルス細菌検査室についてウイルスの評価が可能BMSA(NPO法人バイオメディカルサイエンス研究会ー設立当初、感染研のOBが多数在籍し、厚労省の委託事業などを請け負っている団体)で評価手法の研修を受け、BMSAと同様の手法でウイルスの評価が可能。いよいよ、ジェイの病院からも当面は面会も外出もでないとの病院決定があったと連絡があった。院内感染した場合の病院のリスクは多大なものと思われることを考え、ふと光触媒のことを思い出した。信州セラミックスの先代の社長は研究者でお金もうけは不得手そうでしたが、今こそこうした日本のすぐれた技術を世界に知らしめたいものである。日本人は右往左往せずよく陽に当たり自然の中で体を動かし笑顔で過ごすべし。子供が休校になったのならこれ幸いとばかりに車に乗せて家族水入らずで人気のない自然の中で走り周り、バーベキューなどして楽しむべし。野外遊びは何よりも大事な勉強。自然にも人間にも自浄作用というものがあるのだから。親にしろ、普段から会社よりそうした事の方が大事に決まっている。こうした事態の際に右往左往するようなライフスタイルならばその事を考えるいい機会。実は自分が執着しているものは対した価値がないという事を自分や家族が健康を失ってみるとわかるもの。ジェイに会えない間、私も自浄作用(自己免疫力)を高める活動をしておこう
「薬に頼らない精神科医」をテーマにしたリカバリースクール府中主催の講演会へ参加してきました。リカバリースクール府中は、リカバリー学習会や、減薬サポートなどを軸に薬を手放した当事者の方々が運営している会です。みなさん、薬漬けだったとは信じられないくらい元気で、ものすごく勉強されています。今回の講演者、増田さやか先生は名古屋まごごろ診療所で文字通り薬に頼らない治療を行なっていますになって32年、5年前までは普通に薬を使って治療をしていたそうですが、うつ病の患者さん達の薬を減らしてみたらみるみる元気になっていったのを見て薬を使わない方がいいのではと思い始めたそうです。前半の話のポイント1、正しい薬がある筈だと薬を探し続ける事が回復を遅らせる。2、いかなる精神症状は自然治癒、あるいは自力で回復できる!3、向精神薬が必要な状況はごくわずかしかない。飲み続けると回復力は発揮しにくくなる。1、正しい薬がある筈だと薬を探し続ける事が回復を遅らせる。これは私にとって痛恨のテーマです。3年強通院した病院ではジェイの症状に効く薬がなく、コロコロと薬を変えられたからです。その度に状態が不安定になっていましたが、主治医は薬のせいではなく症状だと説明していました。精神科医は診断名はよく経過を診てからつけることになっているので、本来はすぐに診断名がつく事がない筈。もし、その日に診断名がつくならそれは点数をつけたい=薬を出したいから。昔は精神衰弱と診断し、マイルドに薬を出しながら、経過をみることができた。薬屋のシステムに乗る必要もなく様子をみて薬を減らす事もできいいシステムだったと思う。2、いかなる精神症状は自然治癒、あるいは自力で回復できる!自然治癒=何もしないこと自力での回復=自分なりの努力や手だてをすることまずは弱る要素を探る事が必要で、それが仕事ならば仕事を休んでみる、眠れないのなら、眠れない原因を見つけるなどが大切である。「病名を受け入れる」「病識を持つ」ことはかえって本人の力を奪う事。この点については一般的な精神科治療の常識を覆すものです。なぜなら病名を受け入れ、病識を持つ事が治療の第一歩と言われており、私もそうだと思ってきました。しかし、考えてみれば精神科医からすれば病名をつけ、病識を持たせ、更にこの病気は一生治らないと言う事で一生薬を飲まなければいけないという洗脳ができるわけです。つまり、病気に対して降伏させるということです。これが本人の力(自己治癒力)を奪うのです。3、向精神薬が必要な状況はごくわずかしかない。飲み続けると回復力は発揮しにくくなる。先生は、今の日本の治療体制の現実としては一部の患者さんに極一時的に薬が必要な時もあるとした上で、その量は極少量で済むとのこと。しかし、急性期の治療を薬を使わないで診てくれるところさえあって、家族全員の協力があれば、向精神薬を使わず漢方など使って治療できる。これは私がまさに思っていた事ででした。私たち家族だけでもできないし、治療者だけでもできない。もっと言えば社会全体が理解や協力をしてくれないとできない。しかし、その全てが一丸となれば必ずできる。必ず治ると信じる事。治療者(医者)が治らないと思っていたらその人は決して治る事はありません。私は必ず治るとバカみたいに何度もいいます。これは医者に限らず、家族も本人も必ず治ると信じる事が大事だと思います。今の主治医は栄養療法や漢方治療をしてくれますが、この病気は治らないと言い切っていましたが私は絶対に治る!治してみせる!と信じています。生きている限り諦めません。さて、先生の具体的な治療法ですが、まずはお腹にいた時の事から、生育歴、体の状態、栄養面まで全て調べた上で治療を行なっていきます。9割以上の医者は減薬に理解はありません。睡眠薬については減らしたいと言えば協力してくれる医者はいると思いますが、本当に減らしたいのは向精神薬なのに、協力してくれる医者は少ない。しかし、飲んでる間は麻薬を飲んでいるとは思わない方がいい。そう思うと離脱が強くなる傾向があります。やめる途中は慌てず、悪者にしない。減薬のコツについては増田先生監修のゆっくり減薬のトリセツに詳しく記載があります。全て書ききれませんが、話題になっている発達障害児に使われるコンサータの問題、(覚せい剤と同じ成分であることを知らない医師が多い事)そもそも発達障害の診断は必要なのかという問題、大人になって発達障害ぽさが大きく出る理由とその対処方法について、強迫性障害の原因となる背景、うつ病が躁うつ病に発展していく仕組み、繊維筋痛症などの副作用の軽減方法について、症状を栄養でどう改善するか、向精神薬の減薬、断薬後に出る離脱症状の時期と睡眠導入剤と抗不安薬との比較、睡眠障害のアプローチ、症状なのか薬なのかわからない場合の姿勢、先生おすすめの最強食材やよいカウンセラーの選び方、ホメオパシーやアロマについて、減薬、断薬後のつらい時期に、本人にどう声掛けするかなど珠玉の内容でした。「問題行動は実は問題ではなくすごくわかり易くストレスを表してくれていると思う。出し切れていないものがあったら出し尽くしてあげる」この言葉に先生の治療に対する姿勢がうかがえました。
おススメの塩ですが、我が家では以下の3種類プラス天然にがりを使っています。 海の精 あらしお(赤ラベル) 500g 1,173円 Amazon 奇跡の岩塩 クリスタルソルト ミルタイプ【食用】 (200g) 920円 Amazon ぬちまーす 250g 900円 Amazon 比較してみると、ぬちまーすのマグネシウム、カリウム含有量がダントツですね。これだけマグネシウムが多いと苦みがあるかなと思いきや全くそんな事はありません。とても美味しいです。何と言っても沖縄は長寿が一番多い県です。そして世界の中でも際立って長寿で、健康で、ハッピーに生活しているトップ5の地域、「ブルーゾーン」に含まれ、その研究の中で沖縄の人達は老化を促進させる血中のフリーラジカルが少ないと記載があります。PRINT Longevity of Okinawans and Healthy Aging in Blue Zones輪島のにがりは現在の主治医おすすめのアイテムでマグネシウムやカリウムが豊富なので入院中のジェイにお茶を差し入れる時ににがりを数滴たらして持っていっています。市販のものとは比較にならない位のマグネシウムが含まれています。たかが塩、されど塩にも書きましたが、マグネシムは筋弛緩作用があります。統合失調症の人達は交感神経優位で常に緊張状態と言えますから筋弛緩作用はとても重要です。交感神経は好中球の数値、副交感神経はリンパ球の数値、この二つでわかります。 血液栄養解析を活用! うつぬけ食事術 1,512円 Amazon 精神科医の奥平智之氏の著書、「うつぬけ食事術」には血液検査による詳しい栄養解析が記載されていますが、それによると、好中球(交感神経を反映)の理想値は55%、リンパ球(副交感神経を反映)は40%とあります。好中球の上昇因子としては交感神経の過緊張です。ちなみにジェイは、常に上昇気味。リンパ球は低値です。悪化時のデータを見ると好中球の数値はとても高くなっています。数値が体の状態を明確に表しています。話をマグネシムに戻しますが、 医者が教える「あなたのサプリが効かない理由」 1,512円 Amazon 分子栄養医学でも有名な宮澤賢史医師の著書にも下記の通り記載があります。マグネシムは、体の中で4番目に多いミネラルで、約50〜60%が骨や歯にリン酸マグネシウムや炭酸塩の形で、残りの約40%は筋肉や脳、神経に存在します。(中略)ミトコンドリア内のエネルギー代謝(栄養素がエネルギーになる仕組み)では、ATPの産生に関わり、タンパク質や脂質などの生合成、遺伝子合成など、生体内の300以上のもの酵素反応に関与する補因子として、重要な役割を果たしているのです。つまりミトコンドリアを活発に活動させるためには、マグネシウムが必須だということです。マグネシウムがいかに大事かということがわかります。昔の人の料理法や保存法には他にも驚くべき事はたくさんありますが、豆腐に使われる等、科学的にもわからない時代に昔の人はなぜそうしたことがわかったのでしょう。サーフィンをした後に、何とも言えないリラックスした心地よさは何なんだろうね?!とよく仲間と話していたのですが、これで全ての謎は解けました。海のミネラルを知らず知らずのうちに吸収しているからでしょう。最近のジェイは、家族みんなが発病前のジェイに戻りつつあるとの認識です。まず薬の副作用でかペタペタと変な歩き方をしていたのが全くなくなりました。歩くスピードが早くて小走りでないとついて行けないほどです。まだまだ細身ながらも、歩く姿が以前のジェイのようにとてもスポーツマンぽく颯爽としておりオトコらしい。それからかわいくなくなった(笑)なので元愛想のないジェイに元通り。まだ空笑がありますが、転院してたった3カ月未満ですが、今までの長い道のりを考えると思い切って転院をしてよかったと思いました。
今日は塩分摂取と精神疾患との関わりについて。 「減塩」が病気をつくる! (青春新書インテリジェンス) 1,078円 Amazon 減塩が病気を作るというパラドキシカルなタイトルですが、まさに目から鱗な内容でした。まず、現代人が何気なく摂っている塩ですが塩が如何に大事なものであるかということはSalaried man(サラリーマン)の語源がSaltから来ている事、古代ローマ時代、兵士の給料の一部が「塩」で支払われていたこと、奴隷の売買の支払いも塩、日本でも平安時代の官吏の給料が「塩」だったこと、健康=salusという言葉も塩から来ている事などあげればきりがありません。漢方医学でも「塩は活力の源」と考えられていて、塩分が不足すると腎気が衰えると考えられているそうです。何故か?それは第一に塩には体を温めるという効果があるからです。ガン細胞は35.0℃前後の低体温で増殖が活発になるそうです。そして、39.6℃以上で死滅する細胞とのこと。ガン細胞は生命維持のために大量にブドウ糖を必要としていることがわかっているので理論的には体温を上げて糖質を摂取しなければガン細胞は死滅するということに。昭和32年(1957)の日本人の脇の下は36.9℃あったのが、今では1℃も下がっている。1℃の体温低下で12%も代謝が落ち、よって、体内の糖や脂肪の燃焼が不十分になり、高血糖、高脂血症、メタボに陥る。さて、塩の効能として精神疾患に関わる点ですが、P62に・体液(血液、リンパ液、細胞内液など)の浸透圧を一定に保ち、水分の代謝や体液のPhを維持する。・神経の興奮の伝達に関与する。・筋肉の収縮作用に大きく関与する。・胃液、腸液、胆汁などの消化液の原料となる。・体内の有害物の解毒をする。とあります。よって、摂取不足は、・新陳代謝が低下する・食欲が減退する(消化液の産生不足による)。・筋肉収縮力や神経の興奮の伝達作用の低下による痙攣。・心臓の筋力の収縮力の低下による血圧降下(脱力感や倦怠感)やショック。・腎機能の低下・・・原尿の中にいったん捨てた塩分の再吸収をしなければならない腎臓が過労状態に陥るため。などの症状を惹起する。これはめちゃめちゃ精神疾患とも関連する症状です。そこで、目に浮かぶのがポテチを貪る入院患者さん達の姿です。以前は糖質中毒と考えていましたが(それもあるかもしれませんが)、塩分への渇望もあるのかもしません。特に注目すべき点は、74ページの食塩摂取が少ないと血圧降下が認められたが、それに伴い、コレステロール、中性脂肪、レニン、アドレナリン、ノルアドレナリンの有意な増加が認められた。(American Journal of Hyperternsion=米国高血圧学会誌)体内に食塩が不足すると「アドレナリン」や「ノルアドレナリン」(カテコールアミン)などの昇圧ホルモンが交感神経末端や副腎髄質から多量に分泌され、血圧が上昇する。アドレナリンやノルアドレナリンは、言わずと知れたドーパミンの前駆体ですね。ドーパミン過剰は統合失調症の陽性(幻覚・妄想)の原因仮説があります。さて、病院食はかなりの減塩では。。。という疑問が湧いてきます。その点は82ページに、作家の曽野綾子さんの名文として記載があります。「・・・老人ホームの献立や病院食がまずいのは、塩分が足りないからである。塩さえ入れなければ、健康にいいと思っている人が、やたらにふえたのかもしれない。(中略)老人の食欲が落ちて食事を摂らなくなり、アイスクリームと紅茶、桃の缶づめくらいしか口にしなくなると、気がつかないうちに塩分が足りなくなって、やがて吐き気がしてくることがある。(中略)私もそうだった。疲労と暑さの中で、水ばかり飲んでいたら、食欲は全くなくなり、やがて吐き気がしてきた。熱が出た事もある。それで塩昆布の一片のようなおつまみを口に入れる。すると塩分で吐き気はおさまるのである・・・」つまり、塩分を含まない水分を補給すると、体内(細胞外液中)の塩分がさらにうすまり、浸透圧が保てなくなるので、逆に嘔吐や下痢によって、余分な水分を体外へ排泄し、体内の塩分濃度を高めようとする。これを「自発的脱水」というのだそう。塩分摂取量低下による低体温「冷え」ですが、「塩分=悪」の概念刷り込みにより東北地方の人達の塩分摂取量が激減したため、「冷え」による「精神的不調」をうったえる人が多いそうです。そういえば、先ほどテレビで弘前大学で研究をし、医学博士号を取得した体操の弘道お兄さんが青森県の健康問題がかなり深刻との話をしていたなー!調べてみると確かに平均寿命は男女共に全国最下位。。。塩の問題では、、。昔の人は無茶苦茶しょっぱい佃煮とか食べてましたね。子どもの頃には桜湯とかありました。日本人は塩分摂取が多すぎるとか言いますが、世界一の長寿国。何が問題なんでしょうね。。?もとい、一日のうちで一番気温体温が低下するのは午前3時から5時で、不眠症の人はその時間帯に覚醒する事が多く、また自殺するのも同時刻が多いそうです。ジェイはこの時間以外にも覚醒してしまう事が多いですが確かに調子の悪い時(神経興奮時)には足が異常に冷たいです。(足湯をして改善した経験は過去のブログに記載しました)では、どんな塩がいいのでしょうか?端的に言うと、人体に必要なマグネシウムやカリウムなど、多くのミネラルを多く含んだ自然塩です。マグネシムについては筋弛緩作用があるので依存性が強い抗精神病薬の減薬時には多く取る事が必要というのは栄養療法では広く知られているところです。ジェイは現在主治医の指示により朝昼晩とマグネシウムを摂取しています。マグネシウムは豆腐を作るときに必要なにがりに豊富に含まれています。海のミネラルです。それ以外にBコンプレックスを2錠ずつです。(必須中の必須!)カリウムは余分な食塩(NaCl)の尿中への排泄量を増加させ、血管を拡張させる効果があります。色んな自然塩をぜひ比べてみて下さい。我が家では主治医のおススメによりにがりも愛用しています。お酒が好きな父が最近、にがりをお酒に入れて飲むようになりマグネシウムを摂取することでこむら返りに悩ませられなくなったと喜んでいます。
精神科病院が請求する「金銭管理料」、これは一体何なんだろうかと思う。一カ月のお小遣いに対し3000円など、高利貸しより酷い。例えば月1000円のお小遣いしか預けなかったとしても管理費は3000円である。このようなことが通常化していることに誰も疑問を持たないのだろうか。金銭管理能力を含めたQOLを奪っているのは長期化する閉鎖病棟での治療なのだから代行することにお金を使うのであれば本人が使う力を養う訓練をしてほしい。入院が長引く患者さんたちはスマホもろくに使えなくなっている。病棟では使用を禁止されているから能力が低下してしまうのは当然でしょう。精神科の医師と看護師さんには是非、自由を奪われた病棟での生活を一週間位体験してみてほしい。拘束や隔離室も。息子のように一カ月間手足を拘束されるということがどんなことなのかもぜひ体験してほしい。「本当に」精神病になるかもしれません。
一昨日は満月の夜だった。家を出る前にきれいな満月だと思って見上げていた。その日は外泊のため夕方ジェイを病院へ迎えに行き、実家でご飯をご馳走になった帰り際、グレーの雲に隠れた月を指差して「あ、満月!」といった。とても不調な様子だったのに、どうして満月にすぐに気がついたのだろうと不思議だった。その時のジェイの目は純粋無垢な子供のようだった。でも、その後の時間は悪夢だった。
昨日到着した、今回日本に来るのが4回目のイギリス人のトムは身長194cm!ラガーマンの様な体型と風貌なので何かスポーツを?と聞いてみたら子どもの頃から喘息があるのでスポーツはあまり得意でないとの事。それでも毎日軽いジョギングはしていて程よくやると、むしろ喘息にはいいみたいだと言っていました。色々話をしていくと彼の弟は生まれながらの聴覚障害者でその弟との手話でのコミニケーションについて一生懸命に話してくれました。彼とのSNSでのやりとりも見せ、文章は文法が手話に倣い逆さまである事も教えてくれました。とても仲が良いみたいで弟のことをずっと話していました。トムが到着する直前に私はある家族会に出席していました。そこで、お祭りで展示するための家族から一言メッセージを書いてほしいと言われ、その言葉を考えていました。そして、最終的にこう書きました。(一部追記しています)「精神障がい者との関わりは異文化コミニケーションと良く似ています。知らなければ怖い、知れば世界が広がります。」私が正式に外国人ホストの認可を受けることをご近所の方に告知しにいった時に拒絶をあらわにし、険しい表情を見せた心理というのは恐らく近隣に障害者施設などが出来ると聞いて反対する人達に似ているのではないかと思います。私自身も息子が発症するまで障害者については何も知らなかったのでもし、精神障がい者の施設が隣りに出来ると聞いたならば動揺したかもしれません。ただ、私は未知の世界というものに対する好奇心が非常に強く、そうした世界に足を踏み入れる事が自分にとって最高のワクワク感を与えてくれる事からもしそのような状況になったら彼らの事を知るために何かしらの行動を取ると思います。精神障害を持つ人達と関わるようになってから私は気がつきました。彼らは私たちの顔を真っ直ぐに見てコミニケーションを取ります。医師でも診察時に患者の顔すら見ない人もいますが。オランダを旅している時にホテルのカフェテリアで一番楽しそうにコミニケーションをとっているのが、聴覚障害者の団体の人達でした。私はその時、彼らの中に入りたいなーと思いました。でも彼らの言語(手話)を知らないから入る事ができませんでした。私が営業をしていた時の一番最初のお客さんは聴覚障害の若い夫婦でした。奥さんがメモを持ってきて私の目を見て渡してくれた時の嬉しさは子供の時に遠い異国の国のペンパルからの手紙を初めて受け取った時の気持のようでした。相手が何を言おうとしているのか必死で想像力を働かせコミニケーションを取ろうとする努力が新しい世界を開き、結果的には自分の成長に繋がってきたのだと思います。トムとは到着してすぐに2時間ほど話をしていました。彼は自分をシャイだと言いながらとても早口でよくしゃべりました。「今日は何でこんなにしゃべってるんだろう!自分でもよくわからない、、」と幾度か口にしていました。23才のトムは仕事や勉強もしながら、おじいさんの介護もしているそうです。彼の滞在は2週間。もっと色んな話をするのがとても楽しみです。
「閉鎖病棟ーそれぞれの朝ー」 予告編この映画は閉鎖病棟の中で長い事「生活」している人達にとってはそんなに驚くようなストーリーでもないかもしれない。私とジェイの3年間、同室の女の子が、一カ月水も飲めない瀕死に近い息子ジェイの手を泣きながら握ってくれて、ジェイが縛られた手が一カ月ぶりに僅かに動いてその手首が左右に動いて必死にバイバイしながら頭を起き上げようとしたのを見た時、嬉しくて泣けてきて「ありがとう。」と言って「どうして入院してるの?」と聞いたら「マンションから飛び降りたの。だから(腰に)ボルト入ってる。インシュリンも打ってるし、兄妹が迷惑だからお母さんが帰って来るなって。」って目に涙を浮かべながら笑って言うのを聞いたとき、その彼女が、時々どうしても感情を抑えきれなくて暴れ叫びながら看護士さんに抱きしめられ号泣しているのを見たとき、幻聴に操られ、高齢で弱った患者さんを思い切り殴り倒した後、床に頭を擦り付けて土下座して謝る若い彼が男性看護士達に隔離病棟へ連れて行かれたのを震えるジェイとともに息を殺して2人並んでベッドに座り見ていた時、その彼がとても美しい魚の絵を書いているのを知ったとき、歩行補助具を付けて来る日も来る日も廊下を行き来しながら歩く練習をしているとても色白でかわいらしいYちゃんが「こんにちは」といつも澄んだ瞳で挨拶してくれて一緒に座って話をしたとき、「私帰る場所はないから。。足の事?・・・(歩行補助具のことは)話したくないんです。」と伏し目がちに言ったあと、「ジェイくんのママと話ができて楽しかったです。」とにっこりと笑って言ってくれたとき、「不安てありますか?」って、病院へ行く度に話しかけて来る3才から児童養護施設で育ったいつもしかめっ面してる40代の男性は、17才で悪い子達にいじめられて薬物を無理矢理口に詰めこまれて救急車で精神病院に運ばれてそれからずっと精神科病院で薬漬けになっていると話してくれた。「(不安なときは)何もかも忘れてスマイルだよ!」って言うと、「ジェイくんのママ、俺のお母さんだったら良かったのにい〜。」(おいおい、歳変わんないよ)って言いながら子供みたいに無邪気に笑えるのを知った時、「隔離室にいた時さ、隣の部屋のやつが指を食いちぎっちゃったんだよ。俺はもう死んだヤツはたくさん見てきた」と笑いながら言う病歴40年近くのAさん、「楽に生きてえなー」と呟く彼のセリフが私たちの楽とは全然違うんだとわかって苦しくなった。ジェイの徘徊が止まらなくなって身も心も限界で泣く泣く再入院させた時に悔しくて、辛くて、外来に思わず座り込んで号泣していると、薬の副作用で真っ直ぐ歩けない足でひょこひょこ走ってきて「ジェイくんは、オトコだから大丈夫だよ!心配するなって!」って声をかけてくれたとき、「ジェイくんのママー!こんにちは!」ってみんなが外来で明るく笑いかけてくれるとき、癒されていたのは自分だと気づき、彼らのために何も出来ない自分の非力さが日々悔しくなっていった。でも、彼らにとってはそれが日常で感傷的になっている自分はその時点で受け入れていないのかもしれないといつも思う。でも、彼らの状況を変えて行くためには自分が不感症になってはいけないとも思う。相手の心を感じる、感性というものを大事にしていきたいと思う。予告を見ただけで、涙が止まらない。
日本では合理的配慮などまるでされていない。合理的配慮について 「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。例えば、車椅子の人が踏切を渡るのは命がけだという事を健常者はわかるだろうか?車椅子で1人で入れる店など日本にはほとんどない。入口まで来る事はおろか、私たち健常者にはわからない道路に向かって勾配がある縁石を真っ直ぐに進んで行くことさえ相当な力を要する。券売機は手が届くけれども画面は健常者が見えやすいように上向きに角度がついていて車椅子に乗った状態では画面が真っ暗で読む事が出来ないから結局意味をなさない。入院中の息子ジェイは許可なく病院に隣接するスーパーへ行っただけで、二重ロックの鍵の向こうから出れる自由を奪われ、社会的障壁の除去どころか、障壁を作られる。物質的な障壁ならぶち壊せる。でも社会から断絶され、時間をかけて心の中に作らざる得なかった障壁はそう簡単にはぶち壊せない。
ジェイが救急搬送され統合失調症と診断されて3年半。ジェイは現在再々入院6カ月目。トータル2年半の入院生活の中で様々なの患者さん達に出会ってきました。その中に3年半前の発病時の入院当初からいる”ガリ勉くん ”が最近同室になりました。ジェイが急性期病棟から慢性期病棟へ移った時既にいて、いつもベッドの上で国語の辞書を見ていたのが印象的でした。分厚い眼鏡をかけていて色白で細くとても頭が良さそうに見えたので”ガリ勉くん”と勝手に自分の中であだ名をつけました。その頃のガリ勉くんは、廊下でいつ倒れてもおかしくない位弱々しく、パタパタと小刻みに力なく歩いていました。時折看護士さんに「眼がでちゃう〜!!」とすがりつきワナワナと座り込み、その度に看護士さんから「大丈夫!絶対出ないから!」と励まされていました。また、水中毒にもなっていていつでも給水機の前でがぶがぶと水を飲んでは「そんなに飲んじゃダメよ〜!」と看護士さんに叱られてもいました。とても話など出来るような状態ではなかったのは明白でした。そのガリ勉くんに1年ぶりに再会すると彼は全くの別人に!いや、みるみる別人になっていったと思います。今の彼は自信と笑顔とエネルギーに満ち溢れています。私は何が彼をそうまで回復させたのか知りたいと、会う度に声をかけたいな〜と思っていました。そしてジェイが部屋を変わり彼が同室の前のベッドにいることを昨日知りそのチャンスがめぐってきました。「随分元気になりましたね!そんなに元気そうならもう退院できそう!」そう言うと彼は「はい!10月には退院が決まってます!」と答えました。彼が発症したのは15才の時。高校の部活でストレスが重なり訳もわからないうちに精神科にかかる事になったという。最初は神経衰弱やら、自律神経失調症と言われていたのがいつのまにか統合失調症と診断されるようになったらしい。彼自身症状が重かったときの事はあまりクリアには覚えていないようだ。「自分では本当に統合失調症なのかなって。幻聴とか幻覚はないんですよね。」もしかすると「目がでちゃう〜」と言っていた頃の事は覚えていないのかもしれない。歳を聞いてみると37才だと言う。ちょっと舌足らずでしゃべり方もかわいく、見た目は30才位だけどもこの病気の人たちは若く見えるからあまり驚かなかった。驚いたのは彼がその間に結婚していたということ。「今は離婚しちゃったんですけどね。」とニコニコしながら話してくれた。どうやら様々なクリニックや病院にも通ったり入退院も繰り返しているようなので再発を何度もしている様子なのに、「どうしてそんなに元気になったの?」と聞くと「外出できるようになったからですかね」と言う。以前の彼はとても会話なんてできるような状態でない事は一目瞭然だった。それが今回再会した時病院の中で一番生き生きとしていて看護士さんと大きな声で近くのレストランの話などを楽しそうに話していた。「それとデイケアでパソコンでYoutubeを見たり、行きたいところを調べたりして出かけられるようになったから。僕、自転車でも遠くまで行っちゃうし、歩いて行っても大丈夫です!」「すごいアクティブね!」と言ったら「アクティブって何ですか??」と聞かれたので「う〜ん、活動的ってこと、、」と言ったらニコニコして「そうですね!」と。「先生はなんて?」「薬かな〜って言ってますけど、、確かに薬も変えたんですけどね、でも僕は薬じゃないと思います!」「退院したらご実家へ帰るの?」と聞いたら「いえ、近くのグループホームへ行きます!見学してきたらご飯美味しかったです〜!なんかラウンジみたいのがあるんですよね〜。」とこれまた楽しそうに答えてくれた。「日中はどうするの?」と聞くと「この病院のデイケアに通います!友達がいるし、前の病院にも友達がいるんで。あとは地域活動センターでも食事会とかあって友達ができたからそこも行きます!」「何か不安はない?」と聞いたら「またいろんな人に出会えるから楽しみですね!でも、自分の行きたい皮膚科へ行かせてもらえるかがちょっと心配ですね。薬とかじゃなくて栄養とか漢方で治したいんです。でも精神科の先生は栄養の事聞いてもわかないでしょ。だから他の先生に診てもらわないとねって先生も言ってたので」私は少し驚きました。彼がとても自主的にグループホームへ繋がりそこでの生活を既にイメージしていて(彼に取ってはおいしい食事と友達がとても大事なようだ)その事を非常に楽しみにしており前向きに考えている。彼にとって大切なのは自分の治療を自分で考え選択する事で、唯一の不安要素はその選択を自分で出来なくなる事だけなのである。「僕は高校中退しちゃった事がとても残念ですね。でも定時制へ行っていい友達ができて楽しかったです。だからよかった!」「そうだよね。これまでの経験は誰も出来ない経験で、決して無駄にならないからね!でも頑張りすぎないでね。」と言うと「そうですね〜。この病気の人はみんな真面目で頑張りすぎちゃうからね〜!」と言うので、お互いそうだよね!って笑い合った。彼はちゃんと病気の事も理解しているのだなと思った。22年間もの闘病生活を続けてきたのに彼の人間性は全く歪んでないしピュアなままで誰を責める事もない。親や医療者に感謝をし、自分の状況を受け入れその中で出来る事を自分なりに工夫し、楽しめるように努力している。「ジェイくんは今いくつですか?」と聞くので「24ですよ」と言うと「そっか〜!じゃあ、グループホームも行けますよ!ここに18才以上って書いてあるから。」と自分の持っているパンフレットを見せてくれた。彼は心底優しい人間だと思った。「統合失調症の薬がわかる本」八木剛平著の中にこう記されています。当事者の回復にとって決定的なのは、適切な環境の設定、ご本人の自助努力、そして治療者を含めた周囲の人々との心の交流です。それから、神経や物質は実はすべて病気の回復を助ける「助っ人」なのではないか、とあります。大量投与によってドーパミンを全て遮断してしまうことによってかえって回復の妨げとなっている可能性を指摘しています。ドーパミン神経の活動が活発になる人ほど病気の回復がよいのなら、この神経活動が回復を助ける役目を果たしていると考えるのが自然でしょう。統合失調症を始めとする精神疾患は脳病なのか、心病なのかとの議論がありますが、病は気からというのであれば全ての病は心の病とも言えなくもないのではと思います。たまたま誤作動が起きている場所が脳の一部であったりするだけで治す力というのは本来自分の中にあってそれを引き出す手伝いをするのが少しの薬であったり、栄養であったり、家族や支援者のサポートなのではないかとガリ勉くんと話をして痛感しました。今のジェイに足りていないものは明白で、「それ」に今後どう繫げていくのか、課題がクリアになりやはり当事者はどんな支援者にも勝るスペシャリストだなと実感しました。
驚きました。韓国の学校給食は、ほぼ全て有機栽培で無償提供だそうです。主食はご飯で、パンはおやつ程度でたまに少しだけ。麺類は特別食。その材料(小麦粉)も国産使用。短期的には肥満やアレルギーが減ってきているという事ですが、10年20年ともっと長期的な視点で効果見ているそうです。有機栽培の韓国学校給食について 元農林水産大臣 山田正彦 さんのレポートよりそれからもう一つ驚いたのがその日のメニューをホームページにアップし誰もが見れるようになっているという事です。娘がアメリカの高校へ留学した時に高校の部活の試合をインターネットで全て見れる仕組みになっている事に驚きましたが、私が高校時代留学していた1980年代にアメリカのど田舎の高校のジム(体育館)に自動昇降型のスタンドがあり、地域の人たちが有償観戦していたことを考えれば「まあ、アメリカだしそのぐらいのことはやるよね」と思えますが韓国がこうした取り組みを政治主導で行なっているという事にとても驚きました。韓国は世界の中でも日本と並ぶ若年層の自殺率トップですが、こうした取り組みを続けていく事できっと自殺率の減少にも繋がっていく事でしょう。私は息子が発病するまで自殺率のデータに多くの精神疾患の人達が含まれている事を知る由もありませんでした。その精神疾患の背景に栄養に問題があるという考え方も日本では主流ではありませんが、韓国ではもしかするとその辺の研究も日本より進んでいるのかもしれません。一度調べてみたいと思います。
ジェイが病気になった事で私が損した事は何一つとしてない。病気について学び、医療について学び、福祉について学び、栄養について学び、障がい者について学び、今までとは全く違う仕事を経験でき、たくさんの違う世界の人達と出会う事ができ、自分の世界が大きく大きく広がり成長する事ができました。だから息子にありがとう!と言いたい。「やめろよ!」と言われてもチューしてハグしまくりたい。
「人に寛容になるためには自尊心が必要」と、児童精神科医の田中哲先生が子供の登校拒否問題についての講演会で言われた。「では、寛容になれない人に対してどうしても自分が寛容になれない場合はどうしたらいいのか?」と質問した人に対し先生は「それはそのことを自分のメインテーマにしないことです」と答えた。ウツの人に「頑張れ」と言ってはいけないとよく言われる。一方で、精神障がい者の家族でもあり当事者の精神科医夏苅育子先生は、「人は頑張る権利もある」と言われた。それも真実。「逃げろ」でも「避けろ」でも「頑張れ」でもなく、「メインテーマにしない」という何ともエレガントな考え方は、私自身にも大きな気づきを与えてくれた。それは、もしかしたら自分がメインテーマにしなければいけないと思っている時点で、実はそれがメインテーマでないことなのかもしれないということ。田中先生は、自尊心の低い人は対人援助職に就くとことが多いと言っていました。それは、そのままの自分に自信がないから人から感謝されることが必要だからです。そしてそのためにとても頑張ります。しかし、脆さがあるので頑張りがうまく行かなくなった時に落ちるそうです。子供にとって、安全に出て行けるヨソ=コミニティに自分の居場所を見つける事が、その先にある社会へ出て行くためには必要であると。「居場所」というのは自分が単に所属出来る場所ではなく、自分らしい振る舞いができる、無条件で認められる場所であるということが重要です。学校へ行けない→学校以外のものがない→社会に出るルートが見えなくなるという連鎖。先生によると、そもそも学校というは戦後、日本を豊かにするために高性能な人材を作る事が教育の目的となり、その社会が求める人材を育てる時代装置としての役割を担った訳です。学校システムの求める「らしさ」「ふつう」への順応が求められ異質なものや多様性が阻害され、そこに適応出来ない子供も当然いる訳です。考えてみれば私も不登校にこそなりませんでしたが、日本の学校システムの枠の中にいることが苦痛で仕方ありませんでした。だから海外へ行った訳ですが。ジェイもそうでした。昨日病院で「日本人といるのはつまらない。。」とぼそっとつぶやいていました。何で?と聞いたら「疲れる」と。ジェイは今月末に退院予定です。ちょっとしたチャレンジをする予定です少し怖いけど、ワクワクもします。
長い闘病生活の中にも嬉しい事はあります。ジェイが急性期病棟から慢性期病棟へ移った時、そこにはたくさんの「病院住人」がいました。一人一人を忘れる事がないと思えるほど彼らはみんな個性豊かででも、「そこ」から出る事が出来ない人達でした。いつもベッドの上で辞書を見ていた20代後半ぐらいに見える「秀才くん」は見るからにとても育ちがよく、頭が良さそうでした。でも症状はとても悪く、会話は全く出来ず時に震える両手で頭を抱え廊下に座り込み「目が出ちゃう〜!助けて〜!」と看護士さんにすがっていました。それでも、もっと重症の高齢の患者さんが廊下でひっくり返っているとただひたすら手を握り声を掛けながら励ますというとても優しい青年なのでした。自分の方が辛いだろうに。どうしてそんなに人は優しくなれるのだろう。そんな彼に再会したのはジェイが再入院となり、3カ月が過ぎ再びその慢性期病棟へ行ってからでした。もう何年入院してるかわかりません。ガリガリだった秀才くんはすっかり丸みを帯び、にこやかに言葉のキャッチボールをしていました。私が目で追うと、しっかりと私の目を見てくれたので「こんにんは!随分元気になったのね〜!!」と声をかけたら「わかりますか!!」と答えて笑ってくれた。彼を知ってから約三年、それがほとんど初めての会話でした。嬉しかった。本当に嬉しかった。彼の人生について何も知らない。だけれども、ただただ嬉しかった。彼が笑っている姿を見てただ嬉しかった。どうして嬉しいのかわからない。ただ、報われるべき人が報われているということへの感動だったのかもしれない。今日も鍵を二つ空けてもらって入ったその先には純粋な目をした人達が「ジェイママ〜、こんにちは!」と迎えてくれる。そんな時、彼らから力をもらっている自分に気がつきます。こんな風に真心からの挨拶をしてくれる人は鍵の外にいるだろうかと思いながら。
当事者の子供さんが暴力をふるう事を、人に言えない人はいますか?子供が暴力をふるうのは親の責任だと思われたくないからですか?そういう人も中にはいるかもしれません。暴力をスティグマと捉え、外部に相談することをせず未治療のままでいる人もいるかもしれません。でも、それが病気とわかっていても子供が暴力を振るっていると言えないのは子供がちゃんと元気になって社会へ出て行った時に周りの人達がその事を知っていたら我が子が不憫だから、という子供の気持を考えるからこそではないでしょうか?発達障害の子供を持つ親も、私たち精神障害の子供を持つ親も、暴力がその子の人格的な問題からくるものではなく脳の障害や病気からくるものであることを知っています。それははっきりとわかっています。もし、そうでない家族がいて自分たちを責めているとしたら私は不憫だなと思います。先日家族会の会長がこう言っていました。「私たち精神障害者の家族は焦ってはいけません。急がなければならないのは親の学習です!この病気についてとにかく必死で勉強して下さい。」暴力は病気だから、精神疾患の場合はよくなればもちろんなくなります。でも、辛い。心も体も痛い。社会に正しい理解をしてもらうためには、私たち家族は繋がっていかなければいけない。社会は正義ではなく、マジョリティの都合と権力によって作られている。そのことを身体障害を持った方々には早くからわかっていたのでしょう。声を上げなければ変る事はない。出る杭は打たれまくります。今は孤独な戦いをしています。でも出過ぎた杭はもはや打つ事はできません。みんなで戦える日が来る事を願っています。
ジェイが発病時に受診した病院にCTやMRIなどの検査データを請求したら、大分待たされた後、大分古いデータになりますが(3年前)良いですか?どこの病院に出すのか?など聞かれました。私はセカンドオピニオンを希望しているが今の段階では決まっていないと答えると、医師に確認の上、データのままでは失礼だから診療情報提供書もつけ宛名を付けたいとのこと。緊急を要しているから宛名無しでいいとお願いしたらそれはできないとの返答。一度電話を切り、東京都福祉保険局患者の声相談窓口へすぐに電話して状況を伝え相談しました。わかったこととして、1)カルテは本人が開示請求をした場合は、病院は応じなければならないが本人の状態によりできないなどの場合は病院との話し合いか弁護士を立てるなどをして話し合う。2)開示には診療情報提供書は不要である。CD-ROMに落としてもらえば良い。3)東京都福祉保険局から病院への問い合わせは一人一回となっているため伝えたい事に漏れがないか注意する事。※その際保険局からは患者の声として伝えるに留まり、病院への強制力はない。4)東京都福祉保険局が電話した後、再度自分から病院へ連絡してその事案についての答えを求める事。その他についても非常にクリアな質問をしてくれ、短い時間でしたが、テキパキと対応してくれたので非常に勉強になりました。本人が拘束中でも看護士さんの電話を借りて電話をすることもできるそうです。連絡先は病院の公衆電話の前などに必ず掲示されていると思います。入院手続きの際の書類にも書かれていると思いますので困った時には連絡してみると良いと思います。1回目は混み合っていましたが、2度目には繋がりました。このたったの数日で日本というのは、患者家族には情報を得る自由もなければ治療を選択する自由もなければ病院を好きに選ぶ自由もない国だと学びました。そのことはまた書きます。
息子が隔離室へ入れられ腰と両手を縛られ尚かつ向精神薬2種を注射され「おとなしく」させられた。当直の医師に、注射をさせないなら退院させる!と恫喝された。選択の余地はない。なぜなら私たちには他に行き場がないから。私は拒否した。ジェイとおなじ病棟にいた50代のAさん、私に駆け寄り「Uさんが死んじゃったんだよ!」と教えてくれた。Uさんはまだ若い人。Aさんは入院中に何人もの人が亡くなりひっそりと運び出されるのを見てきたという。その時親は笑っていたという。「なんで笑ってたかわかんないんだよねー」ってAさんは言ってた。私はその医師に聞きたい。自分の子供が夜な夜な寝ずに泣いていたら向精神薬を打ちますか?暴れていたら向精神薬を打ちますか?たまに夜眠れない事はおかしなことですか?たまに大声出す事はおかしなことですか?グループホームのTくん、知的障がい。暴れて人に思い切り噛み付いて歯跡がたくさんできます。Aくんも知的障がい。昨日不意に膝を思いっきり蹴られました。でも、彼ら薬飲んでません。拘束されません。(誤解なきよう全ての人ではありません)何故ですか?何故ですか?
ある程度歳を重ねると"Life Changing Experience"(人生を変える様な経験)に出会うのはなかなか難しいかもしれません。私は先週とある都内の障害者の入所施設へ仕事の体験に行きました。先日まで二つの法人で主に知的障がいの方々を支援していましたが、一カ所は自宅から少し遠く、また、一カ所は近いのですが利用者さんからの暴力や性的嫌がらせがありました。ジェイとの時間を少しでも作るために始めた障害者の夜勤での支援ですが後者についてはなかなか難しい仕事でした。若くて大柄の男性Tさんからいつ暴力が出るかわからないという緊張感の中でする仕事に耐えてきたのは彼とジェイを重ね、またお母さんの気持を自分に置き換えていたからだと思います。そのような気持を察しての甘えか、回を重ねるごとに彼の行動はエスカレートしていき、管理者への報告により私は支援をやめる事になりました。理事長は、Tさんが本能的に私をお母さんと重ね、この人なら許してくれるだろうと甘えており、今後の関係によって彼が手を出さないということはないだろうとという事でした。その時は交代要員もいないということですぐに、という話しではなかったのですが先週受けた被害により私の我慢は限界に達しその日限りでやめさせてもらう事にしました。理事長と今回話しをするまで母親をボコボコにするほどの暴力を振るっていた事は全く聞いてなかったので私の要求は正当だろうと思いました。それでも、もしもジェイがTさんだったらと考えると、、Tさんから暴力を受けた時にお母さんが私にすぐに電話をしてきて何度も何度も平謝りしていたときの事を思い出すととてもやりきれない気持になりました。そんな中での障害者の入所施設の夜勤仕事の体験でした。理事長始め職員さんはみなとても親切な方々で、短期入所もあり、建て直したばかりのとてもきれいな施設で精神障害も受け入れてくれるという事だったので尚更私は期待をして体験に望みました。しかし、現実はそう甘くありませんでした。20数名の視覚障害と知的障害を合併した高齢者の夜間の介護は想像を遥か絶する過酷な労働でした。私は若い女性職員に付きその仕事の一部始終を一晩見ました。夕方4時から翌日朝10時までの18時間労働のうち、2時間休憩がありますが、彼女はもちろん一睡もしていませんし16時間ほとんど小走りで次から次へととんでもないスピードで業務をこなし、休憩時間として与えられている24時から2時までの2時間は15分で食事を済ませパソコン業務をしていました。それ以外の時間は休憩など全く取れませんから夕食も朝食も食べられません。私はトイレに行くのさえ憚れる程、彼女は恐ろしい程の量の仕事をこなしていました。私は彼女が深夜にトイレの水場に座って次から次へと自ら交換してきた便や尿のついた衣類やシーツを献身的に洗い流す背中を見ながら思わず涙ぐんでしまいました。何度服を着せても脱いでしまう利用者さんに根気づよく何度も優しく着させてあげ、一晩中起きてホールを徘徊しながらごっつんごっつん何度も壁に頭を激突する利用者さんに走りより声をかけながら、他の利用者さんの部屋から動くと鳴るセンサーの音がすると瞬時に目の色が変わり全力で走ってかけつける。体験を終えた後に理事長と話しをした時に「うちはそれでも高齢者の介護施設よりはいいとみなさん言いますがね。。」と言われるのを聞いて私は耳を疑ってしまいました。そして実際に仕事を辞めた法人の管理者と2日後に最後の話しをした時に以前高齢者介護施設で働いていたが自分は40名を夜勤で1人で見ていた、と淡々と言うので私は驚きを通り越しやり場のない怒りさえ感じました。そして、このような労働に堪え、みんながやってるから、、と言える日本人とは一体どんな人種なのかとも思いました。これだけの重労働を継続していれば早い人で1年、身体が丈夫な人でも長く続けていたらボロボロになるでしょう。私もフィットネスインストラクターをしていた若い頃なら1年ぐらいは出来たかもしれませんが今なら1晩で腰の痛みが再燃するでしょう。実際に16時間立ちっ放しの体験だけで翌日は腰から足にかけてのしびれが再燃しました。コンビニの店員さんの仕事ぶりを見ただけで「なぜ日本人は低賃金の仕事でもまるでそれが自分の天職のように心を込めて仕事をするんだ?」と驚嘆する外国人ゲスト達、彼らがあの介護施設の現場を見たら日本人は気違いに映るかもしれません。私には神様や仏様のように見えました。私は日本人の若い女性が過酷な現場で常に笑顔を絶やさず献身的な仕事をしている姿を見てとても誇りに感じるとともにこのような状態を甘んじている日本人にも自分にも怒りを覚えました。介護職員の低賃金についてはよく語られますが私も職員不足には低賃金の解消が必要だとは思っていましたが、それだけでは解決できないと思いました。一時的には人員を確保できたとしても例え給与を上げてもこれだけの労働に一生堪えられる人はまずいないでしょう。賃金以上に、一緒に働く仲間がたくさんいる環境を制度的に作る事が先決だと私は思います。介護現場での虐待などについて語る前に現場へ行ってほしいと思います。介護職員の方々が利用者さんから日々暴力を受けているなんていうことは特に珍しくもない事なのに公には問題になりません。だから利用者さんを虐待してもいいということではもちろんありませんが、そのような過酷労働であれば人間の精神がいつ崩壊してもおかしくない現実があるということです。そして自分の肉親を施設に入れるという事がどういうことなのかをよくよく考えなくてはならないとも思います。施設がきれい、食事がいい、などということは、機械的にオムツ交換をさせられる、お風呂は毎日入れない、好きな時間に寝たり起きたり、自由に外に出たりすることができない、という自由が奪われることから比べたらとても小さなことだということを知らなくてはならないと思います。どんなに優しい彼女達であっても、これだけの仕事量の中では利用者さんが話しかけてきても「はい、はい」と言ってかわすしかないのです。これから日本はますます高齢化が進み介護職員は更に必要になりますがそれが日本人であれ外国人であれその方々がいずれボロボロになりますます医療費や介護保険が必要になる、という2重3重の悪循環になりこの国はいよいよ立ち行かなくなることがリアルに予測できます。福祉をないがしろにすることは、経済的な豊かさを失う事よりも国の基盤を失う事かもしれません。自分自身にとって最も大切な事が何か、を考えれば当然の事だと思います。私が願う事は政治家になる人には全ての人が介護施設での深夜業務を一日でも体験することを条件として欲しいと思います。おそらくそれだけで今日本が抱えている深刻な問題がはっきりとし、何を優先すべきかがわかるでしょう。なくても生きていけるモノを作っている会社が上向いて若者の雇用が確保され福祉に若い人が従事しなくなったらどうなるか。逆に経済が上向かず、若い人達にとって福祉の仕事ぐらいしかなく、将来その若い人達が精神的にも肉体的にはボロボロになったらどうなるか。300万人の精神障害者を薬漬けにして彼らが社会復帰できないことが国にとってどれだけの損失であるか。なぜ皇后美智子様が福祉施設をご訪問されているのかが、最近とても気になっていたのですが、この体験を通じて私なりによくわかった気がします。障害者の方々への思い、というのは勿論の事だとは思いますが、それと同時に天皇陛下と共に日本人としてのあるべき姿を生涯を通じ行動でお示しになられていたんではないかと感じます。そしてそこには一つのとても重要なメッセージがこめられていると思い大きな感動がこみ上げてきました。
2月1日の精神科の受診時に、セレネースをWash Out(全部中止)してから他の薬に置き換える事で主治医のK先生と合意していました。ジェイは様々な薬を試しましたがどれも効果的とは言えずセレネースで「とりあえず」騙し騙し来た、という感じです。2017年12月には13.5mgの服用をしていましたが、現在は4.5mgとなっています。それ以外にランドセンを1.5mg、セルシンを15mg服用しています。昨年6月頃から少しづつセレネースを減薬しており、私はランドセンを減らす事には不安があり、このままセレネースを減らしていきたい考えでしたが、セレネースを6.75mgまで減薬したところで突然先生が次はランドセンを減らしましょう、と変化球を投げてきたので私は不安を持ちながらも先生の言う通りにしました。不安は的中し、その後ジェイは絶不調になり12月にランドセンを元に戻す事になってしまいました。そのような事をしていたのでは何が効いていて何が効いていないのかがさっぱりわからないから一つづつやってほしいと話し、その結果まずはセレネースをミニマムまで減らす事にしました。K先生はもし不調になった時点での方針1、セレネースを戻すか2、他の薬に置き換えるかを決めておきましょうと言うのでその時は私は2、にしましょうと先生に言いましたが、実際のところ3、不調になっても少し様子を見るか、不調にならなければ、また、なっても様子を見て4、ミニマムで維持するという方法もあり、一番の理想は4になることです。これまでの経験から減薬すると必ず不調になるものだとわかっています。それは必要量が足りないからか、退薬症状からくるものなのか判断つかないまま非常に短い時間で、違う薬に置き換えていたのではないか、という私の推測もあり、置き換えるにしてもある程度の時間をかけて欲しいと話しをしました。さてほどなくして予想通りジェイは2月8日頃から興奮が高まってきました。一週間ぐらいは殆ど「酔っぱらった陽気なおじさん」状態で、普段無口なジェイがビリーやフランス人ゲストのマックスに執拗に意味不明な事を話しかけたりハグしたり、ほっぺにチュー!したりくすぐったり、とにかくゲラゲラ笑い通しでした。まあ、笑っているのとジェイがほとんど意味不明な事を言ってても自分たちの日本語の理解力が足りないと思って「どういう意味?ジェイは何て言ってるの?」と一生懸命聞き直してくれたりして二人ともとても優しく相手にしてくれて一緒に遊んでくれました。12日には溝口クリニックでの鍼治療があり、私が仕事でどうしても行けず、母と行けるかどうか心配でしたが、父も付き添ってくれて無事行って来る事ができました。その3日後にはこと切れたように前回同様、排泄不能(失禁)となりそして入浴も父がさせました。この時点でこの病気のサイクルを理解してなかった頃には入院という事になるのでしょうが、もう何度も経験しているのでこの後に3日ほど眠りのサイクルに入りその後回復することはだいたいわかっているので「明日から眠りの森の王子だね」、とむしろほっとする瞬間です。そして3日程とにかくよく眠っていました。18日は頭痛が酷いと訴えていましたが翌日にはおさまりました。減薬の度に同じ現象が起きるのを見ているとまるで麻薬中毒のヤク抜きだな、と感じます(笑)先生は対した量ではないと言いますが、飲んだ事があるのだろうか?といつも思います。私はジェイがかつて服用していたワイパックス0.5mgを飲んだ事がありますが、それはそれはものすごい眠気が襲ってきます。それでもジェイのたったの1/6の量です。これを毎食後2倍、一日3回飲んで更に向精神薬に加え眠剤です。それが大した量ではないと?興奮時に眠剤を使って無理矢理落とすとひどい頭痛が襲って来るのもわかる様な気がします。脳へのダメージがあることも理解できます。10万部突破したというこれまでに5万件の相談に乗ったという出雲大社の表参道で90年続く漢方薬局の薬剤師さんが書いている「血流がすべて解決する」という本の内容が非常に興味深いのですが、漢方医学書に書かれている睡眠時の脳の働きの重要な役割についての記載があります。最新の脳科学の研究においても、脳が活動していない時(眠っている時)に、脳のデトックスが行なわれており、脳細胞が起きていると老廃物を排出できず、たまっていくということがわかっているそうです。アルツハイマー型認知症の原因物質と言われるアミロイドβタンパク質ですが、これが蓄積していくそうです。では、眠れないからと、統合失調症でも処方されるベンゾジアピン系の薬に頼る事となりますが、日本は突出してこの薬剤の使用量が多く、2010年には国連の国際麻薬統制委員会で報告され、乱用の可能性を指摘されているそうです。このベンゾジアピン系の薬(特に高齢者は)は43%ー51%もアルツハイマー型認知症になるリスクがあるということが明らかになっているそうです。また非常に興味深かったのが漢方医学と分子整合栄養医学との共通性です。この本の中に、睡眠ホルモンであるメラトニンは「貧血=鉄不足」があるとメラトニンそのものが作られなくなってしまうと書かれています。そして更に興味深いのは、そのメラトニンは、セロトニンから作られているという事です。貧血でうつや不眠が起きてしまうのは、鉄不足が大きな原因だとはっきり書かれています。そしてそのメラトニンやセロトニンの原料は言うまでもなく、大豆や動物性タンパク質に含まれるトリプトファンです。血液が足りないということは酸素が脳に運ばれないという事でもあり脳が壊死したり、萎縮するのはわかる気がします。セロトニンを薬で調整する事よりも鉄不足などの栄養などを改善し、不眠を解消し、睡眠の質を高める事の方が先決であるし根本的な治療に繋がるという事がこのことからもよくわかります。私は子供の時から病院で貧血と言われ、しょっちゅう校庭での朝礼で気分が悪くなったり倒れたりしていました。腹痛もよくありました。腸と脳の関連性は最近明らかになっていますが、子供の時にいつも感じていた夕方からの憂鬱感や不安感、怠さ、やる気のなさは自分の性格ではなく、血液の不足=栄養不足から来ていたんだとジェイの病気を通じて栄養医学を学ぶうちにわかるようになりました。むしろうまく行かない時は全て自分の健康状態(栄養)に問題があったと言えるのではないでしょうか。私の母がよく「あんたは食べない子だった」と言っていましたがその割にぽっちゃりしていたので思春期の頃にはとても悩んで更に食べなくなる→代謝が悪くなる→太るの悪循環でした。ですから身体の事にはとても関心があったのだとは思います。私の父が香港で10年程仕事をしている時によく香港へ行きましたが、その時、香港人は油っぽいものをとてもよく食べるのに細くて、エネルギッシュで、活力に満ち溢れている事がとても不思議でした。フリフリの超ミニスカートから伸びた女性の足や後ろ姿があまりにもみんな長くて細くて真っ直ぐで後ろから見とれていると前を向いてびっくり!(おばあさん!!)なんて事は日本人駐在員の間では共通する笑い話しですが(笑)顔は似通っていても体型を見れば日本人女性は一目瞭然。お尻が垂れていて足は短く(これはどうにもできませんが)たいていO脚。昨日は娘のQちゃんが「焼き肉食べ放題に行ってきたけど瘦せてる人は肉ばっかり食べてて太ってる人は炭水化物ばっかり食べてる(笑)」と言っていました。最近ではそれが何故か非常によく理解できます。前者は目に力があり、後者の目力は弱かったり、目つきが悪いという仮説もあながち間違いではないと思います。コレステロールが女性ホルモンやステロイドホルモンの大事な原料ということもわかってきているようですが人間の身体がステロイドを自ら作り出しているという事は知りませんでした。ステロイドの薬を使ってしまうと人間の身体は自分で作らなくていいんだなと思って作るのをやめてしまうそうです。その結果、更に治りにくくなる、更にステロイドを使う、という悪循環に陥る。。。私もジェイの栄養療法に付き合って肉中心、油を控えず(といっても我が家ではスーパーの油は使いません。無農薬菜種の手絞り油を使ってます。)というかむしろたっぷり使ってただ、砂糖や炭水化物、小麦粉、牛乳をやめただけですが瘦せました。「血流がすべて解決する」の帯に「「血液サラサラ」ではなく、「血流たっぷり」を目指しなさい。」と書かれています。血液サラサラでも血流がたっぷりでなければ意味が無い、むしろ逆効果なこともあるそうです。とても読みやすいおススメの書です。
先週土曜日に、エルビスプレスリーで知られるアメリカのテネシー州から来た30代半ばのビリーは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療を受けています。彼は2010年にアフガニスタンに海軍兵として派遣されました。その前年にお母さんを無くし、一度に様々なストレスがかかったのでしょう。最初に駅で彼の顔を見たときはとても硬い表情で、瞬きもせず怯えたようでもあり、懐疑的なようでもあり、なんとも表現し難い瞳孔が開いた眼をしていました。彼の住む町の近くには治安が悪い事で名高いナッシュビルがあります。我が家で話している時に消防車のサイレンが鳴ると怯えた眼をしながらあれは何か?と聞くので消防車よ、と言うと、パトカーでなくて良かった、とホッとして言い、アメリカでは毎日毎日人が殺されていてウンザリだと言います。アメリカにいると怒りや感情が抑えられない事が度々あり、彼にとっては治療の妨げになっているようで、日本へはこれで4度目で、成田に着いた途端いつも手のガードが下がる感じがする、日本に来る事が自分にとってのセラピーだ、と言います。昨日はジェイを外に連れ出すためバッティングセンターまで歩いて行きました。私が一緒に行く?と聞いたら「もちろん」と少しクールに言いながらカッコつけつつも「前のホストは、何も誘ってくれなかった。。」とつぶやくその目は嬉しそうでした。とても爽やかな風が吹いていてバッティング以外にサッカーの的当てもやりました。ボクシングや柔術などで鍛えるマッチョなビリーは「これなら自信あるぜ!」とはりきってましたが結果は、ガリガリ君のジェイの勝ちジェイが野球を始める前にサッカーしてたことはナイショ🤫でも、ビリーの「日本はセラピー」の言葉通り、日々笑顔が増えていきとても魅力的な男性へと変化していきます。「日本のテレビは雪が降って滑ってる人を映して、注意喚起してる」と鼻で笑っています。実は妹さんも死因不明のまま亡くしたと、バッティングセンターのベンチで話してくれました。彼の壮絶な体験は彼にしかわからないですが平和であると言うことが実は今の世界ではそう簡単に手に入るものでなく、相変わらずリビングテーブルの隅に座って幻聴と対話してる事が多くビリーが話しかけても大した返事もしないジェイに、「俺、なんかジェイが好きだなぁ」とニコニコしながら言ってくれるビリーを見るとなんだか以外と平和だし、幸せなんだよな、と思いました。そしてありのままのジェイの役割や立ち位置がちゃんと存在し、ジェイが今の状態であるからこそ愛されるということもあるのかもしれないとも思いました。