軽度な何か
ジェイもお姉ちゃんのQちゃんも、体調不良で学校を休んだ、という記憶は私の中にはほとんどありません。二人とも小さい時から体を動かす事が大好きで、運動神経は物凄くよかったのです。特に足が速く、運動会では必ずリレーの選手に選ばれていました。私は勉強より体を動かす方が大事だと思い、子供たちが5,6歳になると、週末毎にアウトドアに連れて行っていました。それもキャンプなんてかっこいいものではなく野ざらし、とも言えるようなかなり野生的なものでした。私は仲間のオヤジ達とチェーンソーでログハウス作りに夢中になり、子供たちはその周りで走り回りながら自然と火起こしや、薪の入れ方を覚えていきました。泊まるところも現場へいってみないとわからないという感じで時には学校の敷地、時には掘っ建て小屋、そしてテントや車の中はいつものことでトイレがないなんて事は珍しいことでもなく、子供達はどこでだって逆さだってどんな人と雑魚寝だって眠れました。天気の悪い日は子供達は屋内で絵手紙を書いたりステンドグラスを作ったり貝細工も木工クラフトも器用な大人たちからどんどん教わり没頭して作っていました。そこでのルールは「昼飯と怪我は出前持ち」だけでした笑一度だけヒヤッとした事があります。私がいつものように作業をしており子供達はオートフリートトップの車で遊んでいました。ジェイが8歳頃、「ママ〜!Qちゃんが大変!」と呼びに来たのでびっくりして慌てて見に行くと車の中にうっかり置きっ放してた廃車の部品で作った分厚い丸太の皮むきナイフで足をザックリ!血を見てフラフラしている私とは裏腹に、Qちゃんは平然としており、病院に運ばれて麻酔無しで縫ったにも関わらず声一つ出す事なく顔色一つ変えなかったのには驚きました。一方で、ジェイは特に道がわからなくなると異常に不安がりました。今でもそうです。予定通りにいかない事は全て不安でまた、複雑な事を言うとパニックになっていたように思います。昨日も母が言っていました。「ジェイに、朝、シャッターを開けて。ここが終わったらあっちとこっちと、あれもね。とたくさん言ったらもう、分かんない!って言うのよ。」そんな事はよくありました。私は聞く気がないとばかり思っていました。もしかしたら軽度な障がいがあったのかもしれません。母も、ジェイにはきっと何かあったのよ。と、過去形で言います。それでいいんだと、今の私は思っています。