6月8日19時半に後半を加筆しています。
大変な誤植があり訂正しましたが、ついでに多少追記しておきました。
本田選手の「個と全体」のインタビュー
また今日は本田選手の名言集みたいなことを朝の番組で特集していまして、その中で先日のオーストラリア選翌日の本田選手のインタビューを詳しく放映していまして、それを聞いたコメンテイターやゲストが番組内で「個」「個」・・ と連呼していて、相変わらず個と全体のこと、良く解かっていないなと思い再度記事にしました。![[フリー画像] 人物, 運動・スポーツ, サッカー, 日本人, 蹴る・キック, 中村俊輔, 201005151900](https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Ffarm4.static.flickr.com%2F3530%2F3921716313_6003486064_m.jpg)
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下記が本田選手のこの発言の詳細です。
結局のところ最後は個で試合が決定することがほとんどなので、・・・
もちろん日本のストロングポイントというのはチームワークなんですけれど、
でもそれはもう、そんなことはもう、生まれ持っている能力なので僕らは・・・
どうやって自立した選手になって「個」を高めるか・・・
自分が前に出るという強い気持ちをもって集まっているのが代表選手だと思うので・・・
この一年、短いんは短いんすけれど、考えようによってはまだ1年もあるという見方もできると思うので・・・
以下の要約
世界のトップと、そうでない人が集まったチームであるものの、先輩の今野選手(本田選手の発言の前に「世界のトッププレイヤーと一緒にプレーできること」を幸せだと発言した先輩)のようなあこがれをもってもらっては困ると言う。
その意味は、一人ひとりが役割があるので皆が平等・対等であるという「個」の意識をもってほしいという内容のことを言っていた。
更に今野選手は自分より大先輩なのでもっとアドバイスもしてくれたら良いと言っていた。![]()
日本人の特性として、和を重視するあまりに自分を殺して出しゃばらないということがあります。
それはそれで日本人の奥ゆかしさであり、我(が)を出さないことで調和を保ちますが、やはり「個」のエネルギーが隠れてしまっては、大きな現実をスムーズにつくることも難しいのです。
これは「自己確立」と「共同創造」… 個と全体の調和の法則です。
本田選手の発言にも個と全体の具体性がないので、ただ聞き流してしまいそうですが、
個として自立するということは、
役割を観れる個と成るということです。
役割は全体の中にあると言うことで、全体が観えないと役割も観えません。
全体の声を聞ける個となるということです。
役割を観るには自立しなければなりません。
依存心の下で人から与えられた役割を遂行しても時間が掛かって仕方ありません。
神と魂のエネルギー、全体からのエネルギーが入っていないからです。
神と魂のエネルギー、全体からのエネルギーは自立して自分で察知しないと入りません。
全体とは全体意識で「神」の部分なのですが、自分(個)も全体意識の意識に参加していて、その意図は他人(サッカーでは監督やチームメイト)から教えてもらうのではなくて、自分で理解するということです。
全体は自分でもあるのでそれができるのです。
キリスト教の三位一体はその中に人間を入れていません。
それだと個が勝手気ままに自分の我を押し通すか、
他(神)に依存するかのどちらかで、
どちらも共同創造はできません。
写真は、「三囲神社と蚕の社の三柱鳥居」にリンク
「日本は世界の雛形」にリンク
日本は世界の雛型2
http://blog.goo.ne.jp/tobira2002/e/0f29f46db9ec24e771352799a2e9c6de
「日本の形は人の形」にリンク
http://blog.goo.ne.jp/tobira2002/e/45aeb96c9181ac7afcdf80e2e98bbb15
また三位(身)三体をそれぞれが全く別の存在であるという解釈をしてしまっても全く同じことになります。
独立した三位三体の中を神のエネルギーと意思が流れていることを知らなければなりません。
自分は独立・自立していても、同時に神と一体である、自分も神自身であるということを知らなければなりません。
本田選手の発言によって個という言葉が独り歩きしそうですが、個を役割と置き換えてみると分かりやすいと思います。
個が全体と分離しないためには、個は常に全体の中の役割に徹することです。
真の個である役割であれば、どんなに個を主張しても全体との調和を乱すことはあり得ません。
もっともっと個を主張していいのです。
それがもし、チームの調和を乱す結果を招いていたら、個同士の反目があるとしたら、自分か他が、役割ではなく我に徹しているということです。
それはスポーツのチームだけでなく、家庭でも言え、会社でも言え、あらゆる集いでも言えることです。
自分が全体の意思を魂から正しく受けていれば、その(神の)意思を強い意志で貫くことが重要です。
地球社会に於いて、魂の思いが3次元で全体との調和を乱すことを恐れてはいけません。
私たちの社会は見せかけの全体で溢れているからです。
見せかけの全体は常に個の中の我のエネルギーに働きかけてきます。
もっと繊細に自分自身を見詰め、全体を見詰め、真の全体意識の意思を貫くことが大切です。
それなくして新しい地球への参加の第一歩も踏み出せません。
また番組では、本田選手の小学生時代などの発言や行動を分析して、そのときの恩師が、本田少年は一番になることを常に考えていて、負けず嫌いでと言っていました。
それは終極のユートピアにおいてはあってはならないもので、新しい地球ではスポーツ競技など存在しないのですが、、今はそれはそれで良いのです。
つまりバランスなのです。今はまだバランスで調和を保っている最後の学びの時なのです。
そういう勝気な愛と調和と反することを言っていても、それは世間から条件付けられた部分でもあるので、本田選手の本心として内面にある愛と調和の部分が実際の行動に於いて我を凌駕していれば、自分の中の役割を常に位置づけてバランスを取ることができるのです。
現人類が、エゴをまったく持たずに、出さずに人生は送れませんので、自分の中の光と闇のせめぎ合いを実際の生活の部分でどう実践して行くかが大切なのです。
そういう学びを今、人類はしているのです。
ですから、本田選手の個とチームワークの問題の発言が多くの人の魂の琴線に触れているのは嬉しいことと思うのです。
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光と闇とのせめぎ合いにおける選択肢を前にした判断力と行動力、
それが間もなくやってくる最後の審判に向けての、私たちの真の課題なのです。
人が今、一番しなければならないことは知識の収集でも、他への批評でも、三次元的な目標を成就することでもありません。
心を洗い、魂を磨くことです。
心を洗うことは自分を見詰めることから始まり、
魂を磨くことは全体の意思に従う意志の発動から始まります。
心は洗うもので、
魂は磨くものです。
心を洗わないと、魂を磨く方途を誤るものです。
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