「宇宙の理」2012年7月号
昼下がりのコーヒーブレイク
「自己確立と共同創造5」 よりリライトしています
前生のおもいで4(志摩川友重著を一部転載 小金井要約と所感)
本日は、昨年の7月の雑誌寄稿文書で「人を説得してはいけない」と書いた記事を掲載しますので、説得に関して先に今の私の所感を加筆してみます。
「~してはいけない」という行為は、誰でも人は必ず行っていて、人を説得したことのない人などこの世にはいないでしょう。
その行為の中で軋轢を生んで、不自由を経験して成長するのです。
ですからそれ自体が悪ということではなくて、「説得」がもたらしているものに気付きましょうということです。
(問題は既成概念の呪縛から解かれられないこと)
この余計なお節介である、人を説得しようという思いはどこから来ているのでしょうか?
あなたが人を説得しようとしている意識以上に説得しようとしているものが他にあることにお気付きでしょうか?
それが人を説得してしまう大元なのです。・・・・・
・・・・・
そもそも、その根源にある想い、御法度、エゴ、無意識の反応がなくなれば、人を説得しようなどという想いは消えてしまうのです。
ですから、人を説得しないようにしようと思っていても、その根源の意識に目をやらない限り、また人の人生に関与して、人をコントロールする性癖、無意識の反応は続いて行くこととなるのです。
人を説得するという想いを生んでいる根源の意識、それはいったい何でしょうか?
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それは自分の人生をコントロールしようという意識です。
自分の人生を豊かにするために、人を利用して自分の「自分がひとり勝手に作りだしている流れ」に乗せようという思いが心の中に潜んでいるのです。
それが元で、ついつい人を無意識に説得しているのです。
無意識に人の人生を自分の幸せの糧にしようとしているのです。
これは例え親子関係であっても会社の主従関係であっても、あらゆる組織やコミュニケーションであっても同じです。
「どうして私の言うことを聞いてくれないの?」 「どうして私の気持ちが解かってくれれないの?」・・・
理想を追う
私たちはある種の夢を以て人生の設計図を書いてみたり、もっと小さな目標とかでも、自分の理想としている人格や性格の変貌などに理想を思い抱いて毎日を創造していきます。
優しい人になりたい、みんなから好かれたい、思いやりを持ちたい、人から愛されたい、人を心から愛したい、幸せな家庭を作りたい。・・・
人はひとりで生きていけないので、自分の幸せの設計図に人の生き方を勝手に組み込んでしまうのです。
また、そんな風に自分の未来の姿を頭の中で想像して、未来の理想の自分を創造して行こうとしたりします。
ニューエイジでは、そんな自分を思い描いていれば現実は叶うと説いたりもしています。
人間が考えていることは、必ず実現し、強く想像してビジョン化すれば現実も早まると言います。
確かに考えている(魂ではない)自分の現実は作れるかもしれません。
お金持ちになれるかもしれないし、名誉を授かるのかも知れない。
実際にお金に焦点を合わせてお金持ちになっている人はたくさんいます。
でもそれは霊的に質の高い人生ではありません。
それは一度きりの人生で、魂が無死から作り上げている永遠の幸福とは別のものであり、決して魂も、本当の自分もこころから満足できている幸福とは異なるのです。
エネルギーに限りのある世界の富や価値観なのです。
だからもっと、もっとと、そんな人生の求めには切りがないのです。
お金持ちほどケチという現実が多いのもそんな訳です。
でも、魂が満足するような、明日を考えないで自然の流れるような人生、全体意識の光のネットワークに乗った人生設計は、そんなエゴ意識の想念の想像ではあり得ないのです。
自分の理想を思い描いて新たな自分を求め、自分に足りないものを求め、自分を足りるものを付加した自分に作り直そうとしてもできないのです。
何故ならば、自分の理想としている自分は既にあるからです。
理想の自分を思い描き、それを現実化しようとすればするほどに、本当の自分の外に自分を形成することになるのです。
そのことを知っているかいないかが大きな分かれ目なのです。
本当の自分を生きれるか、生きれないかの。
何々をしたい、何々になりたいという思考想念の思いは既にエゴですから、エゴのエネルギーを元に自分の人生は作られていきます。
新し自分を創造しようという思いは自分のエゴ、思考の為せる技なのです。
ビジョン化して、イメージしてそれを自分の理想として新しい自分を作っていこうというのは、ビジョン化するほどに明らかに思考が強くなってエゴに近づいて行くものです。
本当の自分を生きられないのは、その自分の思考に嵌まってしまって既にある本当の自分を生きていないから故なのです。
だから理想をビジョン化するほどに偽りの自分の限りある現実は創れても、
本当の自分が満足できる真の調和の現実は作れないのです。
重要なのは作るのではなくて、既に存在している自分を発見することなのです。
同調することなのです。ただ周波数を合わせることなのです。
その方途について、参考になることは綴っていきたいと思いますが、結局は本当の自分を知っているのは自分だけですから、自分で見つけなければなりません。
台本に書かれた役割
(いまは昨年から私が「宇宙の理」という雑誌に寄稿している文書を中心に書いています。基本的にはその雑誌は宗教を勧めていませんので「会」ではあるものの、一切の強要はありません。しかしその中で当然その雑誌を世に広めようという動きが出たりします。冒頭はそんな意識に関した執筆です)
私たちは誰にでも人それぞれに役割があります。
「宇宙学」という学びを世に広めようとする場合でも、人によって得意不得意があるでしょう。
私など宇宙学を直接広めるという役割が観えなかったので、それは余りしませんでしたが、私の周りには同級生や近所の人を複数、いとも簡単に学徒にされた方がいます。
私の場合、拙書を買っていただいたりブログを読んでいただいたりして、「宇宙の理」を定期購読したという人にはお会いしたことがあります。
また3人家族の私の家庭のように、自分だけが宇宙学徒(「宇宙の理」の読者)という場合もあるし、家族全員が自然と宇宙学を理解したという場合もあるでしょう。
こういう多岐の役割があったり、方法が違っていたりするわけで、いずれも、いつでも、『意思』に沿った自然体ということが大切なのです。
宇宙学を広めるということでも、それに執着してしまうと人間関係に災いを起こします。
人を説得するということは間違った意思です。
決して大いなる意思の同調を得ることはありません。
推薦したりするときも理性の中から『意思』と波長を合わせて、共同創造の『意思』に反しないようにしなければなりません。
後述しますが意思が書いた台本を強引に曲げようとしてもいざこざへと発展するだけです。
それが大いなる意思と同調できない意識体の執着だからです。
宇宙の法則について知ったきっかけというものが誰にもあります。
「誰々さんがいなかったら私は宇宙の法則とは巡り合わなかった。だから誰々さんは私の恩人だ」と思っている方がいるかもしれません。
そう思うことは、それはそれで謙虚なことなので思い続けていただいていいのですが、実際は違います。
目的に沿った現象は宇宙の意思やあなたの意思で、いくらでも共同創造して作り出すことができます。
宇宙の法則を教えてくれた人はたまたま配役を与えられ、『意思』が書いた台本に書かれていた役割に従って仕事を為したのです。
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