昨日の記事に関連して、t.t さんから次のようなコメントをいただきました。
より温かい、高い思考性でいます事を学ばさせて頂いていますが、自分の想いとは裏腹に良からぬ思考に嵌まっては、「よくもまぁ、こんな汚い心のある低劣な私だこと....。」と思えます自分が顔を出します。そして劣等感へと...(後略)
それに対して私は次のようなコメントを返えさせて頂きました。
(多くの一般的な話として返答しています)
自分を卑下することはエゴ意識です。
反省も大方は小我の意識でしている場合がほとんどです。
反省しても反省してもまた元の自分に戻って、またダメな自分と向かい合うのは反省がエゴ意識をエネルギーとして自分の理想を求めているからです。
反省するな、と言っているう訳ではありません。
反省元の意識というものがとても大切なのです。
自分を変えるには劣等感という自我意識ではなくて、大我の全体意識から全体像を観なければなりません。
自分を変えたいというエゴ意識ではなくて、単に自分がどうあるべきか、何が出来るかを自分を離れたところから臨んで観なければならないのです。
基本的には「これでいいのだ」という客観性が必要となります。
応援のClickしてね
反省することはとても大切であるとの認識は正しいのですが、それが行きすぎると自分を卑下することになり、自分を愛せないで嫌ってしまいます。
こういう自分でありたいという願いの根本がどこから来ているかというと、多くはエゴなのです。
思考の中に入ってダメな自分からダメな自分を見ているということが多いのです。
だから根本的な解決にならず、いつまでもダメな自分を繰り返して、反省を繰り返すということから脱することができません。
ダメな自分にダメな自分を直すということはできないのです。
光の子として地球に進んで生まれ、何かの役割を持ってきた方は、様々な難病や大病を患ったり、平均的な家庭環境に達していなかったり、性格的にも他と比べて歪んでいたりということはありがちなことです。
これはただ受け入れるしかありません。諦めろというのではなくて、「ではどうする」ということを自分と自分に関わる環境全体を観て、やってくる現象と、それに伴う感情の高まりなど、すべてを観察する、只々観察するのです。
もっと具体的に言えば、全体意識の流れ、全体のエネルギーの流れを観察するということです。
そこに宇宙が自分に何を語りかけているかのヒントが隠されています。
つまり真理が、宇宙が自分に語りかけていることが、宇宙がしようとしていることで「その流れに乗る」ということが、役割を果たすということです。
ですから、役割を果たすことは気負わずに自然に生きるということでもあるのです。
ともかく宇宙の法則はすべて繋がっているので、どこからでも入れるのです。
不幸を今でもカルマというような意識で捉える方も多いようですが、もうカルマというような捉え方をするのは時代遅れです。
そもそもカルマがわかれば問題は解決すのかといえば、まったくしないのです。
カルマという認識も制限であり、ひとつの不幸の条件付けにしか過ぎません。
言うことはいつも同じですが、時を忘れ、思考に嵌まらず、五感から離れ(感情に流されない)、本来の自分の立ち位置に素早く戻ることです。
それには全体意識を常に意識する、いつでもその立ち位置に戻れる心の環境整備が必要なのですが、皆さんは既にそれを為していることでしょう。
少なくとも皆さんは普通の人と違って、本当の自分の存在に気が付いているのですから。
思うところがあったら Clickしてね。。。
初めてご訪問の方は「真実の扉」ホームページにも是非お立ち寄りくださいませ
より温かい、高い思考性でいます事を学ばさせて頂いていますが、自分の想いとは裏腹に良からぬ思考に嵌まっては、「よくもまぁ、こんな汚い心のある低劣な私だこと....。」と思えます自分が顔を出します。そして劣等感へと...(後略)
それに対して私は次のようなコメントを返えさせて頂きました。
(多くの一般的な話として返答しています)
自分を卑下することはエゴ意識です。
反省も大方は小我の意識でしている場合がほとんどです。
反省しても反省してもまた元の自分に戻って、またダメな自分と向かい合うのは反省がエゴ意識をエネルギーとして自分の理想を求めているからです。
反省するな、と言っているう訳ではありません。
反省元の意識というものがとても大切なのです。
自分を変えるには劣等感という自我意識ではなくて、大我の全体意識から全体像を観なければなりません。
自分を変えたいというエゴ意識ではなくて、単に自分がどうあるべきか、何が出来るかを自分を離れたところから臨んで観なければならないのです。
基本的には「これでいいのだ」という客観性が必要となります。
応援のClickしてね
反省することはとても大切であるとの認識は正しいのですが、それが行きすぎると自分を卑下することになり、自分を愛せないで嫌ってしまいます。
こういう自分でありたいという願いの根本がどこから来ているかというと、多くはエゴなのです。
思考の中に入ってダメな自分からダメな自分を見ているということが多いのです。
だから根本的な解決にならず、いつまでもダメな自分を繰り返して、反省を繰り返すということから脱することができません。
ダメな自分にダメな自分を直すということはできないのです。
光の子として地球に進んで生まれ、何かの役割を持ってきた方は、様々な難病や大病を患ったり、平均的な家庭環境に達していなかったり、性格的にも他と比べて歪んでいたりということはありがちなことです。
これはただ受け入れるしかありません。諦めろというのではなくて、「ではどうする」ということを自分と自分に関わる環境全体を観て、やってくる現象と、それに伴う感情の高まりなど、すべてを観察する、只々観察するのです。
もっと具体的に言えば、全体意識の流れ、全体のエネルギーの流れを観察するということです。
そこに宇宙が自分に何を語りかけているかのヒントが隠されています。
つまり真理が、宇宙が自分に語りかけていることが、宇宙がしようとしていることで「その流れに乗る」ということが、役割を果たすということです。
ですから、役割を果たすことは気負わずに自然に生きるということでもあるのです。
ともかく宇宙の法則はすべて繋がっているので、どこからでも入れるのです。
不幸を今でもカルマというような意識で捉える方も多いようですが、もうカルマというような捉え方をするのは時代遅れです。
そもそもカルマがわかれば問題は解決すのかといえば、まったくしないのです。
カルマという認識も制限であり、ひとつの不幸の条件付けにしか過ぎません。
言うことはいつも同じですが、時を忘れ、思考に嵌まらず、五感から離れ(感情に流されない)、本来の自分の立ち位置に素早く戻ることです。
それには全体意識を常に意識する、いつでもその立ち位置に戻れる心の環境整備が必要なのですが、皆さんは既にそれを為していることでしょう。
少なくとも皆さんは普通の人と違って、本当の自分の存在に気が付いているのですから。
思うところがあったら Clickしてね。。。
初めてご訪問の方は「真実の扉」ホームページにも是非お立ち寄りくださいませ