![[フリー画像] 自然・風景, 天体・宇宙, 銀河・星雲, 201102201300](https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fstatic.zooomr.com%2Fimages%2F9804700_dd53f76a94_m.jpg)
最近私がブログ内で使っている言葉、「本当の私」とは全体の私です。
一人ひとりが神様と繋がるということも、裏返すと神様を通じて全体と繋がるということです。
何もしないことをする、何も考えないことをするということを通じて、本当の私のエネルギー場に入るといいうことです。
それも共同創造の場です。正しき行動はすべては共同創造の場から始まります。
忘れずに、先ずClickしてね
むかし知り合いだった、アメリカ人女性は、私に盛んに日本人は「はい」と「いいえ」が逆になることが多いので会話が混乱すると、半ば怒って言いました。
彼女は日本人のこの反応をうまく受け入れるまで何年も掛かったと言っていました。
Yes と No の使い分け
これは英語で「明日はその映画を見には行かないの?」 と聞いたとすると、
(Aren't you going to the movies tomorrow?)
行かない場合には、
日本語的には「はい(行きません)」と答えるわけです。
Yes .. I do not
しかしこんな英語はあり得ず、英語では「いいえ(行きません)」と答えねばなりません。
No I do not
英語では相手の質問の最終形態(否定疑問か肯定か)に関係なく行くならイエス、行かないならノーと自分の意志を前面に出すと決まっています。
相手に合わせません。
日本語では相手の質問が肯定か否定によって答えを当て嵌めるのです。
英会話に慣れない日本人が英語で会話するときには混乱して、YESとNOを交えた日本的応対をしてしまうことはよくありますが、日本語になれない外国人が日本人に日本語で質問したときには、回答の中に完璧に肯定と否定が混在するので相手の意志を読み取れず、これが本当に混乱を呼ぶようです。
外国人からすると優柔不断ともいい加減とも映り、彼女は半分怒ってしまうわけです(それでなくとも曖昧さを常に持ちながら、本音と建前を使い分ける日本人は外国人にとって理解しがたい)。
しかしこれは、日本人が全体の文脈の中で常に会話を流している証拠なのです。
そして日本人は何事に対しても柔軟であるということです。
日本人の特質としていつもそうなのです。
西欧文化の侵略をうけた明治維新以後の教育で、日本人も段々とエゴが強くなったかもしれませんが、日本人の本質はあくまで「全体」にあって個我であるエゴの少ない民族なのです。
日本語の音数
また、日本語は音数が少ない(音節で日本語100に対して英語は3000といわれている)ために結果として同音同義語が増え、そのために文脈全体を捉えて会話をしないと意味が判らなくなります。
「楽園をソウゾウする」との文書だけでは「創造」なのか「想像」なのかは判りません。
文脈を把握していなければなりません(こう考えると日本語ワープロの変換という作業にも文脈理解が可なり必要)。
このように文脈を大切にして行間を読むからこそ、日本人特有の「阿吽の呼吸」とか「以心伝心」という、言語を超えた会話が成り立つのです。
また、日本の歌の詩は女性が平気で「僕」と歌ったりもします。
歌謡曲でも女性の心を男性が平気で歌います。
最近の米ポップスは知りませんが、私の好きなスタンダードナンバーでは異性の歌詞を歌うことは皆無です。
こういうこだわらない心が本来の日本人には備わっているのです。
明治維新を称賛する人は多いですが、私から観ると明治維新は西洋文化の日本文化に対する侵略で、大東亜戦争以後、それが顕著になりました。
日本は西欧文化の取り入れ過ぎで、個人から全体を観るという秩序から個に留まってしまうという傾向を持ち、次から次へと米国の秩序/文化に迎合して来ました。その過ちに気づいている人は本当に少ないです。
またそれ故に、全体によって統制されるという秩序に変わって来ました。
ユートピアに向けてもう一度日本人本来の自由性を取り戻して、個人から全体を観るという秩序を私たち一人ひとりの中に再構築しなければなりません。
そのためにも、何もしないことをするということ、何も考えないということをすること、そんな瞬間を多く取り入れる必要があります。
この中にこそ真理伝授の場があるからです。
本当の自分・・・ それは全体の中でこそ存在している自分です。
個我は幻想であり、全体こそ純粋無垢な実在です。
ユートピアの秩序は全体から統制を受けるのではなくて、個から始まり全体と合一して形成されるということが必要なのです。
![[フリー画像] 自然・風景, 天体・宇宙, 地球, 201104232300](https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Ffarm5.static.flickr.com%2F4051%2F4386822005_c434921844_m.jpg)
個の自由同士が反目せず、全体の自由とも調和すること。
すべての自由が反目することなく調和を保つことが前提です。
だから民主主義は必要としないのです。
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