先日、大阪への出張でお客さんと話していて、スマホでフラッシュが見れないことのやるせなさについて話しが及びました。
VHSとベータなどの争いは消費者がどちらを選ぶかだけかもしれませんが、今年の3月時点で4人に1人がスマホを持つ時代なのに、ホームページなどで多く使われているフラッシュが見れないなんて、なんとユーザーをバカにした話しでしょうか。

忘れずに先ず Clickしてね。。。
 

自分たちの営利だけ考えていて他社とは友好関係を結ばず消費者にはそっぽを向いている。
先ず消費者が喜んでくれる道を探るべきです。
結局政治だけじゃなくて企業も同じです。
これはマイクロソフトとアドビの話しですが、世界どこでも企業は国民が作っているのです。
結局は同じ穴のムジナなのです。

そんなにみんな分裂することが好きなのでしょうか???

ええ、好きなんですねぇ。

分裂していると思っているから、その思いを実現しているだけなのです。
エゴという個我は分裂状態を維持することを望んで止まないのです。
分裂、競争がなくなったら個我の楽しみも無くなります。
この分裂している意識から自分や他人を見ている限り、社会は分裂したままです。

考えるという思考の空間に居る時間が長く、その延長線の中にどっぷりと浸かっている限り、私たちは個我から逃れることはできません。

考えるという行為は分裂されている脳で行っていて、脳は記憶を頼りにして思考し、何かを求め、憎しみ、妬み、羨んで、怒って、そして常に恐怖と背中合わせにしています。
常に忙しなく休むことを拒みます。
常に自分の快感を探し、求め、思考し行動します。

記憶という制限のある中で生きている思考空間は、忘れること、離れること、放つこと、飛び立つこと、受け入れることがとても苦手なのです。

何も考えないという瞬間を、どれだけ思考の合間に持つことができるか、それこそが今後の光の子の課題なのです。
その瞬間こそが、本当の私とのコミュニケーションであり、個我からの離陸なのです。

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本当の「私」は海。
「私たち」のふる里は一つの広大な海です。

太陽の熱が私たちを海から水蒸気にして吸い上げ、私たちを雲として分裂させて、形作りました。
だから私たちは雲です。
一つひとつに切り離された雲です。
忙しなく動いている雲。
それが私たち。

本当の私である広大な海は、その大きさからは息をしている程度の動き。
いつも確りと不動です。

でも私たちはいつかは無くなる幻想のような存在の雲。
いつも動いていて、形を変えていて、フワフワと落ち着かない。

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本当の私から観た私たちの一人であるあなたが、喧嘩に勝ったとき、討論で勝ったとき、スポーツで勝ったとき、美しさで優っていると思ったとき、あなたは相手に対して優越感を持つでしょう。

私たちの一人ひとりである個我のあなたは、私たちのもう一人の相手と常に比較をしています。
自分の存在感を持っていたいので比較するのです。
自分は他人と違うという存在感、あなたをあなたたらしめているもの、自分を見失わないためのアイデンティティが最優先される優越感が欲しいのです。

しかし知らなければなりません。
優越感を持つこと自体、既に劣等感と戦う世界に住んでいるということを。

ユートピアに至るには、人々はそのことを常に感じている必要があります。
知る必要があります。そして無意識な是正を必要としています。

しかし自己を正当化するという意識から離れることが出来ず、社会の混乱は一向に収まりません。
このまま人々が変わらずに地獄のような社会に移行していくか、或いは選ばれし人だけで地球をユートピアという新しい地球にするか、その選択の秋(とき)に今はあります。
どちらを選択するか、それは既に決まっています。
実行する秋を待っているのです。

そんな混乱を作っている個我の優越感を求める自分や人を羨み妬んでいる自分を観察したとき、それが優越感や劣等感や虚栄心だと、あなたは気づきますか。

もしあなたがそれに気づいたのなら、その時あなたは、海である広大で純粋無垢な本当の私の立場から、雲である個我のあなたを観たのです。

相手の真実の姿を見たのではありません。
相手を見るという現象を通じて、自分自身の心の真実を観たのです。


相手を正しく観るには、思考から離れなければなりません。
それは思考から自分を放つということです。
あなたがあなた自身を観察してあなたの心を観たのなら、あなたは思考から離れて自分の真実の姿を観ることに成功したということなのです。

それが気づきの始まりです。

雲である私たちが海であるふる里に還って私たちの真実を観たとき、私たちは思考の空間から放たれ、純粋無垢な本当の私に立ち還っているのです。

その一瞬一瞬の自分を、これから楽しまなければなりません。
それが始まったとき、あなたの本当の人生が始まるのです。

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