言葉や色や旋律を使っても真理そのものは表現できない。
真理は三次元の道具では表せない。
道具はあくまで道具にしか過ぎない。
これが真理だと言葉で言った瞬間、それは既に真理ではない。
[フリー画像] 自然・風景, 海, 空, インドネシア, 201109290500

インスピレーション力の低い今の地球人はなかなか以心伝心は難しい。
しかし難しいからと言って、他に真理を見つける三次元的方法を探しても、そんな方法は存在しない。
どんなに本を読んでも、どんなに人の話に耳を傾けても、千年経っても、一万年経っても、限定された既存の世界に留まっていたのでは、真理は分からない。
真理は思考を超えた世界にある真理の道に自分から歩み寄らない限り、決して出会うことはできず、分からない。

真理は直観の中からしか受け取ることはできない。

直観などというものは非科学的なこととして、現代人は認めない。
だから現代人は現在意識、顕在意識の中だけで問題の解決を探っている。
そして神様に、本当の自分を通じて真理を求めない。
求めようとしなければ答えはやってこない。
[フリー画像] 自然・風景, 海, 海岸, 夕日・夕焼け・日没, イタリア, 201109171900

そういう人達はそもそも真理とは何かが分かっていない。
否、真理の存在自体を知らない。認めない。
それ故に、意識を向けようともしない。

しかし誰でも様々な意識状態を彷徨っていて、たまたま真理が飛び込んできて、「あっ、そうか」「ああ、わかった」「なーんだ、そういうことか」、と思った経験がある。
それが真理だとは知らずに。
[フリー画像] 自然・風景, 天体・宇宙, 銀河・星雲・星団, 201109051900

エネルギーの波動を佳きものと感じ、それが真理だと分かることができたら、真理のやってくる心の状態を振り返ることができる。
そのとき、そこは思考と呼ぶには純粋すぎる自分の意識の場であることに気づくことができる。
その場のエネルギーの波動を記憶することができる。
そのエネルギーと繋がる方途を記憶することができる。

真理のエネルギーに純粋無垢に従ったとき、人は本当の自分を生きていて、そんな時にこそ、人生は開いていく。
そのエネルギー体験の積み重ねで、人は目に見えないものを信じるようになる。

真理のエネルギーの波動に触れる機会が増えるほどに、人は意識の耳で真理の足音を聞き別け、意識の鼻で真理の臭いを嗅ぎ分け、意識の目で真理の色を見分けるようになる。

そんな経験の繰り返しで、人は真理のやってくる道を常に歩くことができる。


人生の佳き教師とは、そんな純粋で真っ白な、何もしていない自分、何も考えていない自分と繋がる方法を教えられる人なのだ。

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