「競争で打ち負かすのではなく、棲み分けることで無競争を実現していく」
これは月曜日発売の日経ビジネスの特集『冷凍の巨人、無競争に生きる』の記事の一部です。

漁港に隣接した冷蔵倉庫設備などで高い競争力を誇りトップを走る企業「前川製作所」
この会社は産業用が中心のために知名度は低いですが、鳥もも肉の脱骨ロボット「トリダス」は無競争状態を実現しました。またノンフロン高効率冷蔵機「New Ton3000」など自らのアイディアで生み出した製品群も抜群の競争力を誇っています。

結局は正しく宇宙の法則下の秩序で運営されるなら、本当に競争はそもそも必要がなく、そこにあるのは役割だけです。
そしてその役割というものは宇宙を司る唯一絶対である全体の意思の世界から、私たち一人ひとりに普遍的真理として降りてくるものです。

私たちの肉体では、体全体としてのまとまりと意思があり、それが五体に分かれ、五臓六腑に別れ、一部は右と左にと別れ役割を分担するものもあります。
それぞれの一つひとつの部位は決して争うことはありません。

役割が全部異なっていて、それぞれの役割の価値も異なるので目的も異なり、争いは無意味なものです。

食肉の話でこのブログには相応しくありませんが、1994年に世に送り出た鳥もも肉の脱骨ロボット「トリダス」はまったくの無競争状態で2011年の生産台数は130台でしたが、2012年は3月の時点で何と150台と昨年を越えました。
http://www.mayekawa.co.jp/ja/products/meat/01/

詳しく書く余裕はありませんが、鶏肉と骨の分離は切るのではなくて剥がすことだったと気づいたとき、成功に繋がったようです。


「旗手たちのアリア」
瀬谷(せや)ルミ子氏

同じ日経ビジネス2012.7月2日号より

世界でも数少ない「武装解除」の専門家の女性が日本にいます。
武装解除の第3者の専門家なんているんだ。これ読むまで知りませんでした。

武装解除とは、様々な利害の調整をしながら武装勢力に武器を放棄させることで、各国の紛争地を渡り歩いて何万人という警察や軍人に銃を捨てさせてきたのだそうです。
除隊後の社会復帰などの訓練などの計画や試行も含むのだそうです。
瀬谷ルミ子さん。1977年生まれですから若干35歳ぐらいです。

驚くことに彼女は高校生の時に紛争地で仕事をすると決めていたといいます。

『瀬谷は自分の将来のことを決めたその時のことを、今でもはっきりと覚えている。進路選択に悩んでいた高校3年の春、群馬県桐生市にある自宅のお茶の間で、お菓子をかじりながら何気なく新聞をめくっていると、1枚の写真が目に飛び込んできた。
地面に倒れ死にゆこうとする女性。その傍らで必死に起き上がらせようとする3歳ぐらいの子供。記事にはルワンダの難民キャンプの様子とある。
「脊髄反射で泣いているみたい」、自然と涙があふれた。遠く離れた異国の地の現実と、日本の片田舎に暮らす自分が当然のように持っている自由。1枚の写真が、隔たっていると思い込んでいた「世界と自分」を同じ地平上につないだ。「自分と彼女たちにこんな違いがあるのはなぜか」という疑問が頭の中をぐるぐると巡り、「それを知りたい」という強い衝撃が弾けた』記事より。


瀬谷さんは子供のころから反骨精神と理性を兼ね備えた逸材だったようです。
両親が夫婦喧嘩しているとき、母親が傍に居た瀬谷さんに「あんたはどっちにつくの」と尋ねると、迷うそぶりもなく「どっちにもつかない」と答え、その理由を理路整然と述べたとのこと。唖然とした両親の夫婦喧嘩はいつの間にか収まったとのことです。


ふと、我に還る

以前、真理とは「あっ、そうか」現象 だと書きました。
真理とは天からの(本当の自分経由の)導きの声です。

瀬谷さんは大学院進学を決める前に、周囲の様子を見ていてか、他人と同じように一度就職活動をしています。
「社会人経験を積んだ方が良いのかもしれない」と思い国際活動を社にして商社など訪問したそうです。
でもそれは本当の自分の思いから逃げていると気づき、「これでいいのか」と思いました。

そして気づきました。
「どこかの企業で紛争解決に役立つスキルが身につく可能性は低い。自分は長いものに巻かれて、逃げようとしている。これじゃだめだ」

大切なことは「自分で決めること」です。
私なんかジャズシンガーと大学進学を迷って結局中途半端して、良き会社に就職できなかった。

それで父が或る日、日経新聞から「日経BP販売(現、日経BPマーケティング)」という会社が中途採用を募集していると教えてくれて、試験を受けて入社して、そこで天と正しく繋がった素晴らしき人から宇宙には法則があることを学びました。結構常に人のお世話になってきました。それでも進む道はぶれなかったようです。

その会社で医療の仕事をするように辞令が出て、もう20年以上医療の仕事に携わっている。
今の「健康スタジオ」は自分で立ち上げたが色々な共同創造にお世話になっている筈です。
会社の医療の仕事でも社内ベンチャー的に仕事を誰にも相談しないで作ってきましたが、それでも自分で何でも決定しガムシャラに進み始めたのは30代後半からです。

だから私には、瀬谷さんのように高校生から世界の紛争の中で「武装解除」を目指して真っ直ぐに進んだなど考えられないです。

何も自分で決められないという人がいたら、天の声に耳を傾ける習慣を身に付けて日々無心になって想いに耽り続けてください。
きっと本当の自分の声が降りてきます。

次回は少し、そんな真理と繋がったときの自分のことを書いてみようかなと思います。

*日経ビジネス2012.7月2日号は書店売りの発売も同日ですが、年契約の人には木曜日発送ですから図書館などには既に閲覧されていると思います。詳しくはそちらでご覧になってください。

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