前日より続く・・

自己を確立するとは、マインドで考えずに魂の思いと繋がって直観的に方向性を判断できるようになることです。

魂は全体の意識と繋がっているので、魂と繋がり自己を確立することとは、協力体制の輪を確立することでもあります。
その結果、御縁が増え、共時性が増え、創造はスピードを増すのです。


人間は一人では生きられないのです。それは動物でも同じです。
しかし人間には思考が許されているので一人で生きる自由があります。
すべてに於いて、人間には自由があります。

動物には思考がありません。
だから生き方において自由がありません。
だから生き方は常にシンプル。一人で生きていません。

自由がないのは本能が思考に変わって動物たちを導くからです。
本能が思考の代わりをしてくれるので、間違いを犯しません。
類魂(グループソウル)として他と繋がっています。

人間にも本能はありますが、思考マインド(顕在意識)優先です。
他と分断された思考マインド(我)の自由が優先されています。
自由・思考を与えられたことで人間は苦難をも与えられました。
それが神と合一していない不調和を作り出すのです。

自己を確立して魂の本能ともいうべきエネルギーを感じて前に進むとき、人間は本当の自由を取り戻します。
そのとき人は、マインドを超越するのです。
そのとき人は、本当の自由意思の使い方を習得するのです。
そのとき人は、自由という概念を、観念を、手放すのです。
そのとき人は、不自由という概念を、観念を、手放すからです。
そのとき人は、二極の世界から一極の世界に移り住むのです。

人間の大元の意識、意識の実在は既に一体だからです。
もともと一つの宇宙意識が原型であり、分断されている心のマインド意識は幻想です。

私たちの大元の意識は一体ですが、更に愛を深めるために私たちに試練の営みの脚本を描きました。
二極の舞台を用意して、産声の緞帳が上がり、私たちはその舞台で進化成長の為の役割を演じています。

地球はユートピアの星ではないので、当然悪役も居て、悪役に虐げられて学ぶシーンも用意されています。
ユートピアから離れた星では、舞台の進行はなかなか進みません。
同じ劇を何度も何度も繰り返し、決着がつかないままに緞帳が降り、また舞台を移して初めからやり直します。
台本を忘れ、自分勝手に演じていて収拾がつかなくなるからです。

しかし舞台に上がる前に、私たちは私たちの総意の台本を読んでいるのです。
私たちの魂は、その台本を今でも覚えているのですが、私たちのマインドの自由意志がそれをアドリブで変えてしまっています。
私たちの人生はアドリブは許されていますが、良き調和(魂)のアドリブではなく、他との同調なきエゴのアドリブに満ちています。
全体の意思、つまり原作者の意思は完全に無視され、原作者は涙して強制的な修正も加えていきます。

しかしどんな場合であれ、あなたは全体の役割として演じていますから、一人だけで責任を取る必要はありません。
役割として悪役を演じる場合がほとんどです。
逆に悪役に虐められる役を演じている場合でも、その作者の意思を感じなければなりません。
決して相手を恨んではいけません。
虐められ役を演じているあなたには、その役を演じる必要があっただけなのです。

全体と隔絶した現在意識、顕在意識、マインドという思考の空間を最優先にして生きていたのでは、全体の意思を汲むことは出来ず、それでは本当の思い通りの人生は遠のいてしまいます。

人間が幸せに生きるには、全体の意思の中でしか生きられないのです。
私たちが幸せに生きるためには、全体の意思と繋がっている魂の意思に沿って生きることです。
そのエネルギーを感じとる術を磨くことです。
それを感じるのは、エネルギーを感じる経験を重ねることです。

船頭多くして船、山に登る

リーマンショック以降、そして3/1以来、自分の人生は思いのままに進まない、計画通りに進まない、と思ている人が益々増えてきているのではないでょうか。



しかしその自分の思いとはどこからやって来るのでしょうか。


普通の人は自分とは自分一人で、自分の思いも一つだけだと思っています。
でも実際にはそうではありません。
現在意識・マインドで思考して行動している自分とは多くの意識たちの複合体であって、その意識たちの意思は自分の中で統一してはいないのです。
右に行きたい自分と左に行きたい自分が常に存在しています。
自分勝手に生きたい自分と、人助けをしたい自分が必ず同居しています。
現代は「船頭多くして船山に登る」・・山に登っている人がほとんどなのです。

そういった不統一の自分の枠は一つひとつ剥ぎ取っていかねばなりません。
肉体と魂の間には心かあって、この心の枠(汚れ)を洗い流して魂と直結した行動へと繋げなければなりません。

心で思考している意識の複合体とは別に存在している本当の自分は、より大きな意識の集合とも繋がっていて、大きな意識には「意思」があります。
目標は持たずに、大きな意思に任せて揺らぐことが理想です。

しかしその意思には私たちが気づかないところで目的があります。

つづく―



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