天皇陛下が千葉県旭市の被災地を訪れ、今月末から来月にかけて岩手、宮城にも訪問をするらしいです。
両陛下、被災現場の前で黙礼 初の被災地入り、住民慰問
http://www.asahi.com/national/update/0414/TKY201104140479.html
避難所訪問した天皇陛下 今後は被災地にも直接出かける意向
http://news.ameba.jp/20110405-127/
政治家が100人、1000人訪れるより、どれだけ被災地の方を元気づけることでしょうか。
でもわざわざ福島を省くというのは、いまの放射能の認識からは仕方ないのかも知れませんが、出来れば福島も訪れて欲しい。
追って書きますが、真実よりも放射能の風評被害によって日本を訪れる外国人が8割減って、日本の農作物だけでなく工業製品すら受け入れないという国が続々と増えています。
この日本潰しの目的は何かということも考えなければなりませんが、何とか日本が安全だということを知って欲しいものです。
取り急ぎ昨日書いたこととに加えますが、もしも一部ある過激な報道のように福島原発が最悪な結果になったとすると、東京は住めなくなります。
そうすると当然、天皇陛下は西の方に疎開する。
そうすると日本はパニック状態です。
そういう状態はまだ起こり得る筈がありません。
確かに数年後には別の理由でそんな事態になることは考えられますが、今年直ぐに地球の中心である日本がそんな混乱状態に入ったら、世界が立ち行かなくなります。
まだ準備ができていません。
よって100%それはありません。
もしそうなったら、私は責任を取ってこのブログを閉させていただきます。
(もとも閉めざるを得ない状況ですが、それほどのことということです)
このブログを訪れていただいている方で、日本が世界の中心であり、天皇陛下がそのまた中心にいるという霊的な真理をどれだけの方が認識され、受け入れられているかは私には分かりませんが、少し日本のことにも触れる中で今後、もしもそれが許されるならば、私の書いた本(真実の扉)を流用しながら語ってみたいと思います。
許されるかどうか?・・・ というのは・・・
本来この真理は文字で語れることではないので、自分で真理として理解しなければ安易に語ってはならないことと思うからです。
天皇を頂いた日本とか、天皇がもしいなくなったら日本もなくなるとかいうセリフは皆さんもよく聞くと思います。
これは真実なのですが、でも、何故?・・ という問いかけに答えている明確な文書や発言に私は、一度も出会っていません。
これは目に見えない真理なので言葉では表現できず、仕方ないことかもしれません。
真理とは、一人ひとりの心の中に、目に見えないものとしてやってくるので、まぁ仕方のないことなのですが、それでも真理を呼び込む例え話として表現できるものだとも思います。
聖書を読んだ人ならばお分かりですが、イエスは例え話をたくさんしました。
何故でしょう、真理を理解する心を得るには換言する媒体(手順)が必要なのです。
それが例え話なのです。
イエスは真理は言葉で語れないことを当然判っていたからです。
下手に答えを明かしてしまうことは進化の法則として存在している宇宙の法則に反するのです。
そのことをイエスは知っていたのです。
言葉は物事を制限する役割をもつ
現在意識や潜在意識、無意識、魂の意識など、この本でもある程度、言葉によって概念化してしまいましたが、本来はこのような概念はもたないほうが真理への近道なのかも知れません。固定されるほどに真理は真理それ自体から遠ざかってしまうからです。なぜならば、言葉は物事を制限することでコミュニケーションの役割を果たしますが、真理は制限されること、固定されることを嫌うからです。
例えば、私は男性で、年齢は幾つで、家族構成はどうで、身長は、体重は、趣味は……。と続けば、私はどんどん具体化されます。しかし、肉体を取り除いた真の私の実在からはどんどんと離れていくのです。
これは換言すればこういうことです、目の前に目に見えない真理があったとします。でも、その真理に水をかけて、さらに砂をかけたら真理が姿を表しました。しかし、見ているのは真理でしょうか? もちろん違います。真理が着ている砂なのです。私の実在と私が着ている肉体と同じ関係です。
私たち三次元の人間は、自分たちの実在を直接感じとることができないので、五感という三次元レベルで接触してお互いの実在のエネルギーを感じとろうとしているのです。
言葉も、視覚や聴覚で読み取られます。書物など、言葉でものごとを説明するものも同じです。言葉は現人類には最も手軽で便利なコミュニケーション手段です。しかし、残念ながら言葉はこのような形而上のことを具体的に表そうとしたとき、実在を直接語れないという宿命をもちます。これは避けられないことです。
双方が同じ理解をしているにもかかわらず言葉に出してしまうと噛み合わない、ということもよくあることです。
拙書【真実の扉】121ページより
中古はこちらから
It's a sin to tel a lie (ついでに宜しければ私の歌のCDも)
On the sunny side of the street
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