今日二つ目の記事です。ここはちょっと思考を変え鳩山総理と小沢さんの辞任について私個人的に起きていることと関連して感じたことを書いてみます。
鳩山政権が終焉しました。
この辞任は鳩山さんの言葉を借りると「政治と金」と「米軍空港の沖縄県外移設」の問題ということになっていますが、私の感じとしては普天間問題が大きいように思います。
国民が自分の問題と比べてもお金に対しては一攫千金を夢見て、働かないでお金を手にできれば嬉しい。
判らなければ多少法律に触れても財を手にしたいと思っている人が圧倒的に多いでしょう。
その点からは鳩山・小沢氏を非難しても、彼らの気持ちは判らなくもないという気分になるし、お金に関しては自民党の方がずっと大胆で献金違反なんかも多いので、その点を知っていると何故、民主党だけがと思う人もいるように思います。
でも、他にも高速道路無料化や子供手当など、私的にはとても納得できない政策ばかりです。
また外国人の参政権問題なども、徐々にマスコミにも出始めてボディブロウのように民主党支持率低下になったかも知れません(明日、このこのとについて少し書きます)。
それでも普天間問題が一番大きかったのではないでしょうか。
結局は国民への約束事 ―― 基地の沖縄県外移転の約束を簡単に破ったのかという不誠実さに関して明快に答えていないことが問題だったと思います。
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しかしこの問題も国民自身の反映ということもあるので、自分の言葉についての責任というものを考え直す良い時期だと思います。
国民に対しても自分に対しても「何々をする」と宣言した時、それは自分の現在意識だけではなくて魂に対しての宣言でもあり、自分を進化成長させようとしている守護霊や指導霊に対しても影響を与えていることを考えると、その責任は大きいです。
みんな見ているから軽率なことは言うべきではないと思いました。
鳩山さんは昔から口が軽い、責任を負わない人ほど多弁で軽率で言ったことをちゃんと覚えていない。
辞任を語った両院議員総会でもペラペラ長々と1性懲りもなく「ひよどり」がどうしたこうしたとロマンチックなことを述べていますが、敗者の弁ではありません。
空気が読めない。軽率な言葉が飛び交った総会は最後まで責任を感じません。
でも、この演説はマスコミでは好評なのです。
私が「軽率」に関して教えられていること
実は、私が出したCDに関して頼みもしないのに私を喜ばせておきながら何もしないという人が多く出現したのでちょっとびっくりしていて、今回の鳩山さんの無責任問題は興味深く観察していました。
私が流通に載せたジャズヴォーカルの音楽CDに関してのことですが、具体的に書きますと、
・私がジャズヴォーカルの音楽CDを出すと知って「是非買います」と自分から言ってれた人
・CDを出すと知った人が頼みもしないのに自分から社員全員がそろった立食パーティの席でマイクを取って「みなさんCD買ってください私も勿論買わせていただきます」と話してくれた人
・「私のホームページでCDの紹介をして上げますよ」と頼みもしないのに言ってくれた人
・ブログで勝手に私のCDについて「皆さん是非買ってください。私も勿論買いますよ」と書いてくれた人
・CDを買っていただいた人で「CDとても良かったのでアマゾンの批評に直ぐにでも感想を書かせていただきますよ」と頼みもしないのに言ってくれた人
沢山、居てくれました。
全部ではありませんが、多くの人が実際には実行しませんでした。(泣!)
恨みを言っていると思われて、こういうことを書くと私の評判もおちるかな、と思いちょっと書くのをためらいましたが、鳩山さんのこととリンクするので敢えて書きました。
これらは私が依頼したことではないにしろ、私が望むことの発言でして、私はそれなりに注目する訳です。
これが私が頼んでのことなら別にどうでもいいのですが、自分から言い放って何もしないというのはやはり信頼を失います。
人に、気に障ることをすることに「役割」を観るという理解
私自身に関しては、この出来事を出来るだけ客観的見地から観察するに留め、一切を許すという愛の原点に戻るということで更なる一歩が始まります。
許すためには相手に対し「有難う」の感謝の気持ちが無ければなりません。
感謝が無くてただ許すのは自分が正しくて相手が悪いという意識からの許しです。
自分と相手が対等になることは愛の原点です。
そのためには現象の必然性、神のお図らいの意図のままに動いてくれた人たちに感謝できる心をもつことが大切です。
自分にとって嫌な人は恩人ということです。
これがないと「宇宙の法則」を理解した人生を歩んでいないので、またまた同じような経験が必要となります。
被害者意識ほど進化を妨げるものはありません。
こういう現象一つとってみてもいろいろなマトリックスとして糸(神の意図)は絡み合っています。
正直言いまして、私に対して喜ぶことを言い、それをしなかった人たちは私に対してそれなりの役割を示していただいたのです。
それは一つだけではありません。いろいろ気づいています。
人によっては気づきのために人の気に障ることを敢えてする役割を追う人もいるのです。否、世の中そんな人ばかりです。
鳩山さんや小沢さんのことに関して、「お金」と「軽率な約束」というのも、これを彼ら二人の固有のものとしていてはいけないのです。
私たちの反映にすぎないのです。
そういう反面教師的な観察ができないで、感情だけに流れて終わってしまっては、日本も変わっていかないような気がします。
鳩山さんの普天間県外の問題だって、沖縄以外が日本国内であればそれは他県にとって大変な問題です。
沖縄県民の昔からの念願であれ、この発言は選挙を睨んでの部分もあり、「言うのはタダ」との思いが強かったのだと思います。
鳩山さんは昔から自分の発言に責任を持たず、この調子で軽率なままに大局を左右することなく難なく切り抜いてきたので、この乗りを続けてしまったのでしょう。
でも、狼少年ではありませんがそれも限界があります。
先の会見を知る限りベ簡易めいたことが多く、鳩山さんは無責任、軽率な発言に関して、自分を見詰める意識と周りへの思いやり、謝罪の意識が無いのでなかなか反省できていませんし、多くを学んでいないようです。
愛の中の自分
先に書きましだか、人に対しては勿論のこと、自分に対しての約束も蔑にしてはなりません。
これは私の反省であり、命題なので偉そうなことは言えないのですが、その辺を少し書いてみます。
自分が世のため人のためであれ、何であれ、自分に対して何か為そうと決断し、それを成就することで精神的進化を為す場合、必ず眼に見えない部分でのサポートが動き出します。
宮沢賢治 曰く「人間とは青い光の結合体」です。
自分の思考、夢、決断は自分という1個の意識体ではなく、様々な意識の結合です。
それなのに地球人は脳の思考だけで妄想する現在意識としての自分だけをターゲットにして自分という存在を考えがちです。
それは今の地球人類全体のレベルでは仕方のないことですが、自分や他人という意識体たちの結びつき、互いが嫌なこと、苦しいこと、楽しいことを関与し合いながら地球人類全体が成長する方向で全ての事象は現象化されているということへの意識の変化が待ち望まれます。
約束は他人に対してのことより、自分に対して誠実にあることが大事です。
何故ならば他人に対しての約束も、同時に自分に対しての約束であり、決断であり、「青い光の結合体」としての自分全体への宣言でもあるからです。
1年以上前のものですが、きょう寄ったこの動画を見て、城内さんをもっと応援したくなりました。
政党を超えた真の政治の在り方について判っている数少ない人です。
5 画面あります。最後まで観てね。
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