前生の思い出4 -――

最初は今までの固定化した生活観を取り壊すことから始まった。毎日授業で、ぼうっとすることをやらされた。
『こういうときにはこうしなければならない』とか『絶対にこうあるべきだ』とか『こうでなくてはならない』とかいう、常識として心にしみこまされてきたものを、すべて白紙に戻す作業であった。毎日ぼうっとしているのだが、遊びまわっていていいわけではなかった。ぼうっとしていることが勉強であった。

 何もしないということをして、何も考えないということをした。
 しないということを一生懸命するのではなく、また一切何もしないというのでもなかった。
 何もしないことをするということは、自然な状態というものを観じる上で最も必要なことであった。それは怠惰とはまったく逆方向のものであって、それをすることにより自分の心が以前よと比べてしっかりとしてきているのがよくわかった。
 家に帰ってもそれをしているため、それをしらない両親から非難の声が毎日上がった。授業の内容は外部に話してはいけないことになっていたので、そのおかげで不動心も充分に養うことができた。もちろん先生は両親の訴えを全く相手にせず、先生と目が合うと両親はそれ以上何も言えなくなった。

 自然な状態というものを観じ始めたころ、『調和』の勉強に入った。それは微妙でかすかな周波数帯に調和を合わせるようなものであった。合わせようとして合わせるものではなく、自然な状態で意識せずに何も期待せずに目的のものに合わせるという難しいものであった。
 そしてその調和の練習をしていると、そのときの一呼吸一呼吸が深くゆったりと長くなっていった。
 それから石を刻む練習に入った。
 調和を得ることにより、岩を必要な大きさ、必要な形に刻むことができるようになるとのことであった。まず準備段階として、固まった土を素手で壊す動作を何度もやらされた。無心でそれをやらなければならなかった。それは石を切るための『イメージ』を心に刻み付けておくための訓練であった。
 石を実際に刻む過程に入ると、各自その能力の差が歴然として見えてきた。友人は石を削ることができなかった。彼は私に次のように言った。・・・

「こんなこと、最初から信じていなかったんだ」「だいいち、こんなことができるわけがないじゃないか」
「もう少し我慢して勉強すれば、君にもできるようになるよ」
「何言ってるんだ」「そんなこと信じられるか」「騙されたんだ」「おまえも、ぐるだろう」
「そんなこと
ないよ」
「嘘だ」「馬鹿にすんじゃない!」「何か仕掛けがあるに決まっている!」「みんなで俺をだましているんだ!」「これ以上騙されてなるもんか!」
「誰もそんなことするわけがないじゃないか」
「ふん!」

 彼を止めることはできなかった。彼は自らの意思でこの勉強から去っていった。
 そしてここを出るとすぐに言いたい放題の悪口をあちらこちらに言いふらし始めた。家の内外で我々に冷たい視線が投げかけられているのが感じられた。
 数日後、町の男たちが作業場の様子を見にきた。しかし、いくら調べてもどのような方法で大きな石組みが作れるのか彼らには全く理解ができなかった。
 目の前で重い石が削られ組み上げられていくのをまざまざと見た彼らの口からは、もう言葉が出なかった。彼等は神の御技を見ているような表情をしていた。そして丁重な挨拶をして町に帰って言った。友人は信用を失い、町の人たちにまともに相手をされなくなってしまった。
 石が切れるようになったころ、次の勉強に励んだ。

                       
   ― つづく

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 今日の話とは全然関係ないのですけど、一昨日泊まりました宮崎市内のホテルが温泉施設を別に持っていまして、宿泊客は無料で利用できました。
 それで湯船に入ってビックリ、塩素の匂いがプーンとしました。他の人は平気で入っていましたが、私は湯に浸かるのはそこそこにしてサウナに直行。
 私の家が元栓直結の浄水器を設置している所為か、塩素の匂いに敏感になったのでしょうか? 健康に良いはずの温泉も循環式はどこも水道より塩素を多量に入れるので、却って健康にはいけませんね。