
人類はなぜに争いが絶えないのか? それは戦争の起こる本質を人類が真剣に探ってこなかったからです。それは本当の自分である自分の本質とそうでない自分であるエゴの自分を棲み分けできない現代人に由来しいてるのです。エゴこそが自分の本質と考えている人類にとって、真の戦争の原因を見つけ出し、それを閉ざそうとすれば、自分たちの心地よきエゴを否定しなければならないからです。それは霊的真理に気づいていない現代にとっては、正に自分そのものを否定することに他ならないからです。
人はこの本当の自分に目を向けられないことで、進化の進捗率を著しく停滞させています。
たとえは、戦争を止めるための方策にしても、人は本当の自分ではなく、幻想としての自分、虚構としての自分に呼びかけることでそれを為そうとしています。
戦争はもうやめようと記念館を町に一つずつ造る大計画を実行しても、戦争の悲惨さを映し出した映画を毎週必ず最低一本は観る習慣を人類がもつことを義務付けても、戦争は100パーセントなくならないでしょう。
そういう、人間の本質に備わっていない恐怖心という虚構のエネルギーに訴えかけて、いくら人をコントロールしようとしても戦争はなくならないのです。
なぜならば、恐怖に訴えかけても恐怖心は増すだけだからです。それどころか恐怖心は自己防衛心を必要以上に高めます。恐怖心は、愛とは相反する方向にあるエネルギーで、人類が第一番に超越すべきものなのです。
恐怖心は、自己防衛心を高め自分にバリアを張るということなので、恐怖心こそが自分と他人とを分けてしまう一番大きな幻想のエネルギーなのです。そして、それが神をも遠ざけるのです。
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恐怖心で人を動かそうとすることは自他を分離すること、すなわち愛とは逆の方向に仕向けるということで、平和の元ではなくて戦いの元を植え付けていることになるのです。
そうではなくて、人の本質が動かなければ人は調和に目覚めていかないのです。人の本質が恐怖という幻想を超越しなければ、本当の自分(良心)を勇気をだして生きることができないのです。そんな本当の自分が社会に溢れ、社会を作っていかなければ、現実はなにも変わらないのです。
見せしめや恐怖心は人を一時的に制御するには役立っても、人の本質を変えることはできないのです。ただ、抑え付けて潜伏させているだけなのです。抑える期間が長ければ長いほど、恐怖の圧力が大きければ大きいほど、そのエネルギーが爆発したときには大きな反響となって戻ってくることでしょう。
死刑問題などの是非も、このことを理解すると整理しやすくなるでしょう。
恨みから凶悪犯の肉体を亡くしても、霊的には癒されていないので、凶悪な霊的エネルギーはまた三次元に舞い戻ってくるのです。カルマ(原罪)の法則のメカニズムは、この恨みのエネルギーが戻ってきて人に作用しているのです(カルマのメカニズムに関してはまたいつか述べます)。
私たちは分裂して別れたときに、自分たちはもともと一体であったということを忘れてしまいました。それが分離の意識をつくりました。それが競争心や虚栄心、差別心という自他を分離する意識へと具体的に、普遍的に発展していきました。
しかし私たちが愛深くなるためには分離は必要でした。カルマもなければ人類の進化はありませんでした。イヴが蛇に騙されてリンゴを食べたのも人類がより進化するための設定だったのです。しかしそこには、この分離に気づくという条件がありました。
それなのに人類はより分離を好む方向へと歩んでしまい、取り返しのつかないところまで進んでしまいました。 ― つづく ―
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今日の絵は久しぶりにジョンの絵です。