ライブドアの堀江貴文社長がニッポン放送株を大量に買い込み筆頭株主となったことで、ニッポン放送の子会社-フジテレビは大混乱になっているようです。法に則っていると言う堀江さんの行為は、確かに法治国家の日本において何ら非難されることではない訳です。しかしどうも同業者のマスコミは勿論としても、細田博之官房長官や小池百合子環境相はじめ、政界の目は甚だ堀江さんの取った行動に否定的です。確かに人間が作った法の下での株式上場という面では、誰が公開されている株をどれだけ買おうが自由であることは間違いありません。「それが嫌なら上場しなければいい」という堀江さんの発言も正論です。しかしなのです。

 ちょうど日本と日本人について書き始めましたが、日本人というのは物事を決め付けないで、常に臨機応変に事に対応してきた民族です。これがある意味、外国からはいい加減で立場をハッキリさせない人たちで、得体の知れない民族である、と批判されるのです。そして株の売買においても、欧米(特にアメリカ)では、今回ライブドアが取ったような行為は普通に行われているようです。
 しかしマイノリティが常に間違っているとは限りません。江戸の300年、まったく戦争を起こさなかった日本のあり方は世界から見ればマイノリティで、戦争をしない方が間違っている、という説だって成り立ってしまいます。
 日本の物事を臨機応変に受け入れる体質は、常に今を生きる体質を保ち、創造を無駄なく進めます。また支配という上下関係をどこの先進国より希薄に保ってきました。日本の企業における部長クラスの権限は、アメリカや韓国では考えられないぐらい大きなものです。権限委譲とは日本の為にある言葉とすら思えます。

 どうも堀江さんの言動を見ていると、法に触れなければ何をやっても良いというような、とても割り切った考えを持っているようです。確かにそうなのですが、逆にフジテレビ側だって、法に触れなければなんでもやって良いということをしているに過ぎないのです。
 別に堀江さんを非難しているのではないのですが、株主だから絶対に受け入れなければならないということもないし、フジテレビ側の意識、「あなたの意図が嫌いです」「侵略者と映るあなたと敵対します」という自由もあるのです。
 堀江さんは、ニッポン放送の買収を「人生最大の決断」と位置付け、同社株を「買えるだけ買う」と買収へ意欲を表明しています。彼のインタビューからは自分がどんどん口を挟むという意図が見え見えですので、ニッポン放送の抵抗は当然起こるべくして起こったものと思えます。この辺のこと、自分発言がどのように受け入れられるか、ということが想定できなかったように思います。

 私は経済の専門家ではないので、現在の経済システムの土壌では、良いアイディアが浮かびませんが、私が考えるには「株」のあり方は、ギャンブルとしての投資ではなく、企業に対しての純粋な「支援」であるべきと考えます。
 そもそも社業を深く理解している人より、そうでない株主が(もちろん素人の場合も)会社を牛耳るということ自体が、私にはおかしな話に思えてなりません。


 現在の株のシステムを使って乗っ取りが平気で行われたりする弱肉強食の社会でなく、支援したい企業に支援する投資であるべきと考えます。株取引をしている人の意識は間違いなく「楽して儲かるギャンブル」です。
 こういう意識のエネルギーで動いているシステムは、早晩なくなっていきます。

絵は正垣有紀さんの「みずたまり」