「銀河鉄道の夜」は生から死への道、冥土への旅立ちの話です。「銀河鉄道」とは死んだ人をあの世に連れて行く汽車で、死んだ人の降りる場所は意識の格、その人生で正しく生きたかによって、人それぞれ違ってきます。

 主人公のジョバンニ(多分小学生ぐらい)は病気の母親と二人暮しで、クラスメイトからは苛めの対象でした。しかしクラスメイトのザネリを中心とした苛め仲間のカムパネルラはジョバンニの友達で、苛めに入らずいつも気の毒そうに黙っていました。
 ある日、ジョパンニは母親の牛乳を取りに行った帰りの夜、丘に登って星空を見ていたら、いつの間にか眠ってしまいました。(霊体離脱して)気がついたら汽車に乗っていて、間もなくすると濡れた服を着たカムパネルラが前のシートに乗っていることに気がつきました。
 普通人間は、死んで肉体から離れても、まだ自分が死んだことを教えられるまで、それに気づかない場合が多いのですが、カムパネルラは死を認識していて、
「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか」
「ぼくわからない。けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸せなんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくを許して下さると思う」
と言います。母を思うカムパネルラの気持ちの描写は素晴らしく、目頭が熱くなる箇所ですが、初めて読む人はこの時点でカムパネルラが死んだとはまだ判らず、この言葉が何のことか分かりません。ですから目に涙を浮かべることはありません。
 カムパネルラは一緒に遊んでいたザネリが川に落ちたのを見て助けようと川に飛び込んだのです。そしてザネリを助け自分はいま、天国に行く途中という物語です。

 物語で銀河鉄道にはいろいろな人が乗り込んできては途中で降りていきます。タイタニック号の遭難で死んだと思われる人たちも乗り込んできたりします。また、初めから死んでいる「鳥を捕る人」も汽車に乗っては降りて行きます。この鳥捕りは途中で降りて鳥を捕って、瞬間異動して車内に戻り、ジョパンニを驚かせます。ジョパンニは尋ねます。
「どうしてあそこから、いっぺんにここへ来たんですか」
 鳥捕りは答えます。
「どうしてって、来ようとしたから来たんです……」

 私たちが住んでいる次元は思ったことがすぐに実現しません。思ったら計画して、行動に移して、それではじめて現実が作られます。波動の重い、荒い次元です。またカルマ(蒔いた種は自分で刈る)などもすぐには戻ってこないで、次の人生やそのまた次の人生へと送られます。しかし段々と波動が精妙になっていくと自分の蒔いた種も早く実るようになり、気づきも早くなります。天上の天使などは考えたことがすぐに実現するので変なことは考えられません。また変なことを考える存在は天使になれません。

 現在は三次元と言いますが、目に見える世界とそうでない世界という観点で三次元、四次元という括りで三次元と言います。ですが波動という次元では地球は既にほぼ四次元に突入しているといっていいと思います。それで、異常気象とか、戦争とかが次々に起こってきて、人類が蒔いてきた種がここに来て実ってしまうという悲劇が近づいています。日本でも残酷な事件が日に日に増えてきています。
 こう書くと悪いことばかりですが、私たち自身の夢や、行動し使ったエネルギーも現実化が早まっています。

 霊界も同じで、肉体がない分、波動は精妙で、先の鳥捕りの答え、
「どうしてって、来ようとしたから来たんです……」が実現する世界です。宮沢賢治はこのようなことを理解していました。

 鳥捕りが降りていなくなって、北の海で氷河と船がぶつかって転覆してやって来た家族や他の乗客たちが乗り込んできました。この遭難事故を青年が振り返る箇所では自分の魂と現在意識との葛藤が描かれています。この青年は子供の命を優先に助けようとした人で他の乗客共々、先の鳥捕りよりは高い霊界(銀河ステーション)で降りました、

 ザネリを川から救って自分が犠牲になったカムパネルラはもっと高い霊界で降りました。
 すべての霊界を旅する切符を持っていたジョパンニは最後、一人になるまで汽車にいました。丘の上で目が覚めたジョパンニは、地上で子供が溺れて死んだということを、知ることとなりました。
 たった一人の友人を亡くしたジョパンニがかわいそうです。
 でもジョパンニは更に強くなって生きていくことでしょう。
 (こんな見方もあるんです)

 写真は〝時さん〟の「雲の海」です。この写真、ほんとうに心が洗われるようで大好き。